押印・署名廃止!なんだけどさ・・・

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毎年恒例、36協定の締結・届出の季節がやってきた。この時期でなければならないわけではないが、わたしの関与先には毎年4月1日からの一年間を期限として、36協定の締結・届出を強制しているのだ。

ちなみに36協定というのは、

「従業員に残業や休日出勤をさせる可能性があるので、よろしくです!」

という内容を、労働基準監督署へ事前に届出るものである。よく勘違いされるのが、

「残業させた分、ちゃんと割増賃金を払っているから問題ない」

という意見だが、これは大いに問題ありだ。残業代を適正に支払うのは当たり前だが、それとは別に、残業や休日出勤をさせる可能性について予め届出る必要があるのだ。

 

残業をさせる具体的な理由や対象労働者の人数、さらに一日・一か月・一年における最大の残業時間数について記載し、それらの内容について従業員の代表と会社とが合意することで、36協定書が完成する。

ちなみに、36協定の届出をせずに残業させた場合、会社は労働基準法第32条に違反することとなる。同様に、届出をせずに休日出勤を命じた場合には、労働基準法第35条違反となる。

つまり、残業代や休日出勤の割増賃金を支払ったからOK!・・・ということではないのである。

 

このことを知らない使用者(労働者を雇用する人)が多すぎるのも事実。よって、社労士が関与していない企業で、36協定を毎年きちんと届出ているところがあれば、それは奇跡に近いくらい圧倒的なホワイト企業といえるだろう。

というわけで、

「我が社では、従業員に1分たりとも残業をさせることなどない!」

と豪語する社長に対しても、

「人生なんて一寸先は闇ですよ。何があるかわからないから、お守り代わりに出しておきましょう。どうせ無料なんだし・・」

と、なだめすかして36協定書に記名押印させるのが、わたしの仕事である。

 

そして、やっぱり今年も文句を言いたくなることがある。それは「36協定届における押印・署名の廃止」というキャッチコピーについてだ。

電子申請で届出ができるため、郵送の手間と費用が省けて非常にありがたいのだが、これには大きな落とし穴がある。実は、36協定というやつは厳密には2種類あるのだ

一つは「36協定書」で、もう一つが「36協定届」というもの。そして押印・署名が廃止されたのは「届」のほうであり、「書」は未だに記名押印または署名が必要なのだ。

 

ちょうどいい例えが浮かばないが、あえて挙げるならば「引越しをして、家主と賃貸借契約書を交わすのが36協定書。そして、行政に住民登録の届出をするのが36協定届」という感じか。

賃貸借契約を交わす際には契約書に記名押印が必要だが、住民登録の際には押印不要なわけで、36協定も「届」は押印不要となったのだ。

 

ところが、36協定書と36協定届はほぼ同じ内容である。そして、ほとんどの場合が「書」と「届」を兼ねた書面で締結・届出をしているのだ。

そのため、企業側としては紙の書面へ記名押印または署名をする必要があり、それを確認した社労士が、36協定書の内容をコピペするかのように36協定届として電子申請するのである。

 

行政への申請手段としては電子申請が利用できて便利だが、結局のところ紙ベースでの書面が必要なわけで、ナンセンスとしか言いようがない。

無論、電子契約書ソフトなどを使用すれば、すべてオンライン上で済ますことができるが、零細企業にとってはまだ先の話であり、現実的には紙ベースで取り交わす必要がある。

 

また、労働者の代表を選ぶ際に「使用者が指名してはならない」と決まっているため、労働組合がない企業は、労働者の代表の選出方法を明記しなければならない。

だが、たとえばアルバイトで回しているような事業場の場合、全員が一堂に会することなど決してないわけで、「労働者の代表を決めてください」と言われたところで、積極的に立候補する者などいるはずもない。

その結果、いつまで経っても労働者の代表が決まらず、36協定の締結もズルズルと先延ばしになるのだ。

 

 

労働基準法が制定された昭和二十年代と、令和五年とでは世界が異なる。当時の人々が、現在のデジタル中心の社会を想像できただろうか。

もっと自由に、というか使用者を含めてもっと個人を尊重した働き方の検討や、時代に合った法律・労働環境に改変する勇気を持てばいいのに・・と、実務家の端くれは思うのである。

とはいえ、ルールは守らなければならないわけで、これまで36協定と無縁だった使用者の皆さんも、この機にチャレンジしてみてはどうだろうか。

 

Illustrated by 希鳳

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