美容師歴20年の友人が、満を持して個人経営から法人経営にステップアップした。個人事業主として長らく美容師を続けてきたが、事業拡大とインボイス制度を見据えて、新たな一歩を踏み出したのだ。
所得税法等の一部を改正する法律(平成28年法律第15号、平成30年法律第7号)、消費税法施行令等の一部を改正する政令(平成30年政令第135号、平成30年財務省令第18号)の規定により、令和5年(2023年)10月1日から消費税の仕入れ税額控除限度額に、適格請求書等保存方式(インボイス制度)が導入されることとなる。ごちゃごちゃと漢字ばかりで分かりにくい制度だが、簡単に言うと、
「おたくが『適格請求書発行事業者』じゃないなら、取り引きしたくないんだよなぁ・・・」
となる制度だ。
自分あるいは自分の会社が、この世で唯一無二の存在であれば「適格請求書発行事業者」である必要ない。なぜなら、自分以外に仕事を頼める先がないからだ。
だが一般的な仕事の場合、同業他社で適格請求書発行事業者がいるならば、そちらへ仕事を振られてしまう可能性がある。しかもわりと大いにありうる。
私は税理士ではないので税務に関する詳細を説明することはできないが、取り引き相手が適格請求書発行事業者ではなかった場合に起きる「悲劇」をざっくりとまとめると、
「自分(自社)が納税すべき消費税の減額ができなくなる」
という感じだ。所得税または法人税のほかに消費税を納めなければならな事業者にとって、その負担は大きい。確定申告後、所得税の還付を年に一度の楽しみとしている私にとって、その直前に納付を迫られる消費税への嫌悪感と絶望は、筆舌に尽くしがたい。
そんな恐怖の消費税が少しでも抑えられるならば、誰もがそれを望むはず。そしてそれを可能にするのが、適格請求書発行事業者へ支払った金額の「消費税分」なのだ。
たとえばスポンサーがついているアスリートは、スポンサーフィーを受け取る代わりに、ユニフォームにロゴを入れたり、宣伝・広告に登場したりする。それが来年10月からは、
「適格請求書発行事業者でないと消費税分損しちゃうから、スポンサーフィー下げるね」
と、なりかねないわけだ。最悪なのは、金額が大きい場合に
「ごめん、スポンサー降りるね」
と、ならないとは言い切れないわけで。
このような事態を避けるべく、売上げ1000万円以下の免税事業者であっても、消費税を納める「課税事業者」とならなければならない。
いったい国は、どこまで国民から税金を吸い上げるつもりなのか。
*
と、カネに関する小言ばかりを並べてしまったが、美容師の友人がこんな話を聞かせてくれた。
「お客さんに喜んでもらえる仕事って、やっぱいいよね。とくに、第三者が髪型を褒めてくれると、お客さんが心の底から『ありがとう』って言ってくれるのが嬉しい。自分自身より他人に評価される方が、人は喜ぶものなんだよね」
ある顧客の髪の毛を切った時のこと。女性はカット代だけ支払うと店を後にした。しかしその後、友人や同僚から髪型を褒められ、その嬉しさを伝えに友人の元へと訪れた。
その時の「ありがとう」に込められた想いは、言葉の意味よりも何倍も価値のあるもので、友人は美容師としての仕事以上に、その顧客の人生に輝きと自信を刻み込んだのだ。
別の顧客の話だが、彼女は幼いころからずっとロングヘアを貫いてきた。ロングヘア歴30年が経過しようとしていたある日、ふとしたきっかけから、この友人がショートヘアを提案した。その結果、周囲からは大絶賛の嵐で、なぜ今までショートヘアにしなかったのか!と、クレームがくるほどに。
「もうロングヘアには戻れない!」
と、彼女は顔をほころばせて喜んだのだそう。これも単に髪型が変わっただけの話ではない。顧客の人生が好転した話だ。そんな時に聞く「ありがとう」は言うまでもなくプライスレスで、その言葉を、笑顔を見られることこそが、美容師冥利に尽きるといっても過言ではない。
きっと、全国にいる美容師の誰もがそう思っていることだろう。
カネで買えるものには限界がある。そして人間の心を鷲掴みできるのは、決してカネではない。それは驚きであり感動であり、喜びではないだろうか。
やってよかった――と、涙が浮かぶような「ありがとう」を聞くことができたなら、それこそが価値ある仕事に違いない。
サムネイル by 希鳳
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