オレの名前は甘平(かんぺい)。1991年に愛媛県で生まれた。父の名はポンカン、母の名は西の香(にしのかおり)という。
オレの特徴は、とにかく内側の皮が薄いことだ。外側の皮もみかんの中では薄いほうだが、内側の皮の薄さはみかん界随一だろう。
余談だが、一般的に「内側の皮」というと「内皮(じょうのう膜)」をイメージすることが多い。しかしみかん界では「内果皮(アルベド)」も内側の皮に分類される。
なんのことだかピンとこないかもしれないが、内果皮(アルベド)は果肉の外側にくっ付いている白い綿の筋のようなやつだ。みんなコレを嫌って、きれいにむしり取ってから食べるだろう。
そして内皮(じょうのう膜)は、果肉を閉じ込めている「袋」のことだ。内皮が硬いと、切込みを入れて果肉だけをひっくり返して食べたりもする。いよかんやはっさくなんかは、こうやって食べることが多いだろう。
かくいうオレは、これらのいずれも薄くて柔らかいんだ。さらに言うと、外側の皮(外果皮=フラベド)も薄くて柔らかいため、出荷の際に乱暴に扱われると傷んでしまう。
デリケートなオレの見た目は、「つぶれたおにぎり」のような形をしている。直径7~8センチが一般的だが、エリートになると直径10センチの巨大なつぶれたおにぎりになる。
そんな上級国民ならぬ上級甘平を見れば、誰だって二度見すること間違いなし。そのくらい、滅多にお目にかかれないぼってりとした外観なんだ。
おっと、肝心のお味について触れてなかったな。オレのあまみは天下一品!胸を張って言い切れるほど、とってもあまくてプチプチの食感がウリだ。上級甘平にいたっては、一房のサイズもデカいため、大粒で噛みごたえのある果肉を十二分に味わうことができる。
果肉の粒ひとつひとつが美しいティアドロップのフォルムをしており、食べてよし、眺めてもよしといいとこ尽くめだ。
とにかく、みかん界の若き至宝と呼ばれるオレは、希少品種のためまだ多くの国民に知れ渡ってはいないだろう。それでもこの機会に、名前くらいは覚えてくれよな。
*
ここは電車の中。座席を確保できたニンゲンが、おもむろに紙袋からオレを取り出した。時間帯も遅いので空いているとはいえ、車内で柑橘類を食べるのは控えたほうがいいだろう。
だがニンゲンはオレの魅力に吸い寄せられ、周囲に構うことなく外皮を剥きはじめた。先ほど述べたように、オレは果皮が薄いうえに浮き皮も少ないため剥きにくい。ちなみに外皮が浮いていると剥きやすいが、果実としての価値は下がる。よって、オレクラスになると外皮はピタッと張りついていて、皮を剥くとポロポロ細切れになってしまうのだ。
それでもニンゲンは膝の上に外皮をポロポロこぼしながら剥いていく。
――隣りのおばはんが見てるぞ!
見るからに美味そうなオレに嫉妬しているのか、それとも車内でみかんを食うニンゲンを軽蔑してるのか、おばはんがジロジロ見ている。なんだか恥ずかしいからやめてくれ。
ようやく外皮を剥き終わると、ジューシーなオレの香りが辺りを包んだ。向かい側のサラリーマンまでオレを見ている。この場合、もはやオレへの賛美のまなざしということでいいだろう。
そしてニンゲンは、オレを一房つまむと口へと放り込んだ。どうだ、美味いだろ?
そこからの勢いは凄まじかった。あっという間に直径10センチのオレは姿を消した。残されたのは、粉々になったオレの外皮たちだけ。
そういえばニンゲン、最後の房を剥がすときに内皮(じょうのう膜)同士がくっついてしまい、果肉の粒が露わになったんだ。大粒でキラキラと輝く粒たちを鼻の先まで持ち上げて、傾けたりひっくり返したり、あらゆる方向から眺めていたな。そんな姿を、周囲の乗客たちも釣られて眺めていたっけ。
――これでオレの知名度も爆上がり、ってところか。
どうせなら電車の中じゃないところで味わってもらいたかったが、それでもオレを見る人間たちの目は輝いていたから良しとしよう。
(了)
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