私のスマホに知らない番号から着信があった。
仕事ではなくプライベートで使ってるほうの携帯で、この番号を知っている人はほとんどいない。
私は、電話がかかってくることが嫌いだ。
先日、
「電話番号教えてください」
と言われたので、
「電話番号もってないです」
と、iPhone片手に平気な顔で答えるほど教えたくない。
用事があるなら文字で送ればいい。
そのうえで、口頭のほうが早いまたは確実な場合に、電話を使えばいい。
しかもイマドキ、電話番号などなくともSNSの通話機能で十分対応できる。
よって、わざわざ電話をかけてくる必要はない。
*
見知らぬ番号をスルーした5分後、また同じ番号からかかってきた。
もちろん、スルーした。
その日からなぜか同じ時刻に同じ番号から、1週間連続で着信があった。
どうせ自動でセットされてる業者からの電話だろう、と思っていたのだが、だったらそれがどんな業者なのか気になり始めた。
*
見知らぬ着信が始まってから8日目の午前11時半。
「はい」
ついに私は通話ボタンを押した。
「・・・」
無言だ。
ということは、機械ではない。
「・・・」
私も無言で対抗した。
「&%$$#”!?」
ファ?
「'(&)%$#”?」
――こ、これは
この時ほど、大学で必須科目とされる「第二外国語」の必要性を感じた瞬間はなかった。
*
私は第二外国語で「中国語」を選択していた。
理由は「よく中国人に間違われるから」だ。
見た目が中国人に似てるとは思わないが、友人からは、
「マインドが中国人」
と、褒められ(?)ていた。
第二外国語とはいえ、やることは小・中学生の英会話の多国籍バージョン。
あいさつに始まり、自己紹介、職業、出身、相手の名前を聞く、なにが好き・嫌い、あとは適当な質問。
授業にほとんど出なかった私は、中国語の先生に呼び出された。
「単位がほしいなら今度のテストで満点とること。
それと授業に出なかった理由を、答案用紙の裏に中国語で書きなさい」
――ラッキー!!!
これはラッキーだ。
1年分の出席が中国語で「授業に出なかった理由」を書くことで免除されるなら、最初からそうしていた。
(いや、どのみち同じ結果か)
私は大学時代、雀荘でアルバイトをしていた。
麻雀といえば中国。
そう、客に中国人がいるわけだ。
早速、客の中国人にペヤングをごちそうし、授業を欠席した理由に加え、ちょっとオモシロいネタも入れてくれと作文を依頼した。
無論、北京語なので漢字からなんとなく推測できるが、ほぼ意味不明。
仮に卑猥な内容だったとしても、私には分からない。
その中国人の道徳心に賭けるしかなかった。
試験当日。
「私は中国人だ」と自分に言い聞かせ、テストを受けた。
そしてポケットに忍ばせていた、あの「顛末書」をコッソリ取り出し、書かれているとおりにきれいに写した。
B4にびっしり、私は北京語で何かを書いた。
*
テストの翌週、中国語の先生と偶然出くわした。
「あの文章だれが作ったの?中国人だよね?」
やはりバレたか。
まぁ当たり前だ。
授業ごときであれほどの文章が書けたらネイティブになれる。
「友達の中国人です」
私は正直に答えた。
すると、
「だよね、中国人しか知らない言い回しというか、ジョークが書いてあった」
・・チッ、余計なこと書きやがって
その時、私はふと思いついた。
もうこの先生と会うこともないだろうから、最後に一つご教授ねがおう。
「先生、留守電のメッセージを中国語にしたいんですが、教えてもらえませんか?」
「お、珍しい。そうだなぁ、こんな感じかな」
先生はルーズリーフに北京語とピンイン(発音記号)を書いてくれた。
そして繰り返し発音してくれた。
私はそれを真似て、2回ほど繰り返した。
「うん、発音いいね。単位あげるよ」
――こうして私は第二外国語の単位をゲットした。
*
あれからずっと、私の留守電は中国語だ。
そのせいでほとんどの人はメッセージを残さない。
迷惑なことに、残っているメッセージは
「・・・え?」
とか
「・・あ、あ」
とか
「え?中国語??」
とか、必要な情報が一切残っていないメッセージばかり。
本当に迷惑だからやめてもらいたい。
――そして今、私が耳にしている言葉はまさしく中国語だった。
(今だ、今こそ第二外国語の実力を発揮するんだ)
私は中国人になりきって声をかけた。
「你好?」(もしもし?)
しばし沈黙の後に、相手は言った。
「你是谁?」(だれ?)
――やはり中国人だ。
ちょっと安心した。
「我不是中国人」(私、中国人じゃないんだけど)
「你是中国人」(いや、アンタは中国人だ)
「我是日本人」(いやいや、日本人だし)
「为什么?」(ちがうしょ?)
「我是在大学学的中文」(大学で習ったんだよ)
「你的中文 说得 这么好,我还以为 你是 中国人呢!」(へー!あんまり上手いから中国人かと思ったよ)
※ここはダミー。
調子に乗った私は、覚えていた中国語を口にしてみた。
「你叫什么名字?」(名前、なんていうの?)
「●●●、你叫什么名字?」(●●●、アンタは?)
「我叫浦辺里香、我不会说中文」(浦辺里香、あと、中国語は話せないから)
「你会说普通话!」(話してるじゃん!)
・・この辺りまでなら、第二外国語の授業レベルで会話になった。
が、その後はもうボキャブラリーがないので英語にした。
結局、私の電話番号がその中国人の「友人の番号」なのだと言う。
その友人は、かつてこの番号を使っていたらしい。
携帯の電話番号は何年かすると再割り当てされるため、その友人が使わなくなった後に私がこの番号を手にしたということか。
というわけで、私がその友人ではないことが分かり、相手の中国人も納得して電話を切った。
*
授業で習う外国語が役に立つことなんてない。
と思っていた私だが、ここへ来て実際に役に立ってしまった(一部だが)わけで、第二外国語の授業を舐めてはいけない。
挨拶、自己紹介、私は日本人です、私は中国語が話せません。
たったこれだけでも、電話においてはかなりの「助け」となる。
相手と対面していれば表情から読み取れる情報もあるが、電話だと「言葉」でしか伝える手段がない。
たったこれだけの言葉だが、知っててよかった。
「謝謝、老師!」(ありがとう、中国語の先生!)
私の「第二外国語」はロシア語で、ショーパブで役に立ちました。
先生、読んでくださりありがとうございます!
だいたい外国語が役に立つのって、そういうときですよね笑。