「これ見て!青ヶ島行こうよ!」
友人がYouTubeを見せてくる。
なんだよ青ヶ島って。鬼ヶ島なら知ってるけど。
ーー青ヶ島。
東京の南358キロメートル、八丈島からおよそ70キロメートルに位置する、わずか6平方キロメートルの小さなカルデラ火山の島。
人口170人とはいえ立派な「東京都民」、車のナンバープレートは「品川」だ。
青ヶ島へ行くには八丈島からヘリコプターかフェリーを使う。ヘリなら30分、フェリーなら3時間。
動画投稿者はヘリで島へと向かっている。わたしは思わず呟く。
「これさ、島から逃げ出すとき、どうすんの?」
友人いわく、
「島から逃げることなんて考えなくていいでしょ!ほら、見えてきたよ!」
(いやいや、おまえばバカか。こんな陸の孤島で殺人事件でも起きたら、どうやって逃げ出すんだよ。そういう「もしもの時」の安全確保の確認もせずに、よくそんな所へ行こうとするもんだ)
とりあえず黙って動画を見守る。いよいよ島が見えてきた。
「断崖絶壁じゃん!こんなとこ追い詰められたら、飛び降りるしかないじゃん!」
思わず叫ぶ。
それに対して友人が呆れ顔でこう言った。
「ねぇ、なんでそんなことしか考えられないの?」
この時、わたしは思った。
ーーこいつとは気が合わない。
まず、羽田空港から八丈島まで飛行機でおよそ55分。船なら、竹芝から八丈島まで10時間かかる。
これは泳いで移動できる距離ではない。
そして八丈島から青ヶ島までは70キロ、どうやっても泳いで逃げることなどできない。
さらに青ヶ島は断崖絶壁の地形。もしわたしが殺人現場を目撃し、犯人に追い詰められたらどうすればいいのだ。
飛び降りるか、殺されるかの二択だ。
そんな僻地へなぜ、楽しそうに足を踏み入れようとするのか理解に苦しむ。
さらに島で最も標高の高い大凸部(おおとんぶ)には、島全体を見渡す絶景スポットがあるらしい。
だが足場の悪い山道を30分かけてたどり着いた、標高わずか423メートルの展望台から見る景色が、そこまで絶景だとはにわかに信じがたい。
少なくともネットや動画で見る限り、「想像に足る景色」という感想。
何より気になるのは、この島で暮らす人々の職業だ。一体、何で稼ぎを得ているのだ。
小中学校や役場、警察署(駐在所)があるということは公務員はいる。さらに郵便局やフェリーが就航しているわけで、そこで働く人もいるだろう。
では、残りの人たちは何をどうやって生計を立てているのか。
そもそも銀行など存在するのか?まさか島民全員がゆうちょ口座ーー。
次から次へと不安と疑問があふれ出る。
そもそも青ヶ島のどこに惹かれるのか。
友人に尋ねると、
「大自然の神秘とか、冒険心をかき立てられるあたりかな」
という薄っぺらい答え。
大自然の神秘を味わうなど、本気で思っているのなら茶番もいいところ。
その手前には人間が生存しており、彼ら/彼女らがどうやって生きているのか、知るべきだし考えておくべきだ。
動画は続き、友人はキャッキャとはしゃいでいる。
だがわたしの妄想は増すばかり。
人口170人なんて、ちょっとした中小企業で働く労働者の人数だ。
そんな小さな組織に老若男女がぶち込まれ、争いごとなく平和に暮らせるはずがない。
もし揉めごとが発覚したら、どうやって解決するのだ。
さらにエスカレートして殺人事件に至った場合、それこそ警察とグルになったら永久に闇へと葬られるのではないかーー。
そうか。だからこそあの断崖絶壁が残されているのか!
良からぬ考えが脳内を巡る。
そんなわたしを見るに見かねた友人が一言、
「もういいよ、青ヶ島はやめよう」
こうして、わたしが旅行によって自然を満喫するという行為は、永遠に実現しないのだ。
Illustrated by 希鳳
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