いよいよ本気の冬がやってきた——。
それは、気温や気圧配置といった科学的根拠に基づく判断ではなく、わたし自身が体感する「生命の危機レベル」により認識されるもの。
わたしは無類の寒がりで、むしろウザがられるほど寒さに弱いにもかかわらず、今日の今日まで「今年はやけに暖かい。周りは寒がっているが、もしかすると私の体質が変わったのかもしれないな・・」などと呑気に構えていた己を恥じたい。
——そう、残念ながら体質が改善されたわけれでも寒さに慣れたわけでもなかった。ただ単に、本気の冬が到来していなかっただけなのだ。
*
一月二十日の朝、玄関のドアを開けたわたしは瞬間的に感付いた——ついにアイツが来た。
アイツとは、尋常ではない寒さといつまでも居座るしぶとさを兼ね備えたオトコ・・冬将軍のことだ。アイツがやってくると、わたしの生命活動がいきなりダウンするため、正に「目に見えない恐怖の存在」と呼べる。なんせ、将軍から逃れようにも広範囲の上空を支配されているため、屋外に出たら勝ち目はなく、室内に潜伏する以外に方法はない。しかも、執拗にタフなメンタルを持つ彼は、敵が見当たらないならさっさとずらかればいいものを、しぶとくそこへ居座ってこちらがしびれを切らして現れるのを待っているのだ。
そして、ちょっとでも外へ出ようものなら「待ってました」とばかりに一網打尽にするわけで、一度でも将軍に目を着けられたら最後、しばらくの間は死んだフリを続ける以外に生き延びる術はないのである。
そんな恐るべき敵の存在を、誰に言われるでもなく瞬時に察知したわたしは、すぐさま室内へ戻り装備を強化した。
最も重要となるアウターは最大限に分厚くて頑丈なものにチェンジし、首元にはロシア人が愛用するネックウォーマーを巻き、靴下はモンゴル人の必需品であるヤクの分厚いソックスに履き替え、最後に「腑抜けたツラ」に活を入れると、今度こそ戦場へ赴く戦士のマインドで玄関を後にした。
(これはどう考えても、冬将軍が来ている・・)
毎日天気予報は見るが、天気図まではチェックしないわたしが、今日ばかりは気象予報アプリを開き天気図を確認した——あぁ、やはり間違いない。
大陸側からせり出したシベリア高気圧に、東の海上に発生した低気圧・・すなわち、冬の代名詞でもある「西高東低の気圧配置」が完成している。しかも、今日(一月二十日)は二十四節気による「大寒」でもあり、まさに「今日」という日をを選んで冬将軍が姿を現したわけだ。
そんな事実を確認した後に、どうにか意識を保ちながら歩行を続けるわたしは、ふと思った。どうやっても免(まぬが)れない刺すような寒さに見舞われ、時には殺人級の冷たい風が吹き付け、これはまさに生命の危機である——。
元来「寒がり」で有名なわたしにとって、通常の人間よりも寒さに弱いのは言うまでもない。そのため、駅から数分の目的地へ向かうまでの命の保障がない・・と悟ったわたしは、緊急回避的にコンビニへと逃げ込んだ。
(まずはここで暖を取ろう)
冷静に考えれば、視界に入る距離に目的地はあるのだから、ちょっと寒さを我慢して走ればいいだけのこと。だがわたしには、その選択肢はない・・というか、そう決断するだけの勇気がなかった。
ただでさえ寒い空気の中を走ったりすれば、余計に寒さを感じることになる。ましてや、ヒトより寒がりかつ運動嫌いななわたしが、「走る」という選択肢を選ぶにはよっぽどの理由と覚悟が必要。よって、メンタルの弱いわたしは「急ぐことよりもコンビニで暖を取ること」を選んだのである。
すぐさまホットドリンク売り場へ向かうと、温かいお茶のペットボトルを握りしめながら自身の体をドリンク棚へと押し込む——あぁ、暖かい。
(もうここから離れたくない。このままここで暮らすのも悪くないし、なんならコンビニで働いて常にホットドリンクの補充を担当すれば、冬将軍の攻撃を受けることも冬の寒さに生命を脅かされることもない。そもそも寒いのはわたしのせいではないし、寒い中を歩かされるのは拷問といえる。今の時代に拷問など、時代錯誤も甚だしい・・)
そんなことを考えながらホットドリンク売り場で暖を取るわたしは、ピアノのレッスンがあと1分で始まることに気づいた——そう、目的地はピアノ教室だったのだ。
にもかかわらず、寒さとレッスンを天秤にかけたところ「寒さ」に軍配が上がったわたしは、コンビニへ逃げ込んだまま外へ出ることが困難となってしまった。そして刻々と時間は過ぎ、いよいよレッスンの時間を迎えたのである。
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こうして「冬場のわたし」は遅刻をするのだ。
ただでさえ遅刻が多い印象ではあるが、冬は特に不可抗力ともいえる理由がある故に、どうしても遅刻してしまう内部事情を理解してもらえると幸甚である。




















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