ナカメグローゼ最強説

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ここ中目黒は、都内でも有数のオシャレエリアである。

中目黒同様に、六本木や表参道あたりも「洒落てる」といえるが、こちらは好みが分かれる。必要以上に背伸びをした”意識高い系”が集まる印象があり、どことなく成り金臭を漂わせているところが、個人的には好みではない・・とはいえ、六本木や表参道で待ち合わせをするのは、決して悪い気分ではないのだが。

 

そしてわたしは、ナチュラルにセンスのいい若者らに囲まれて、雰囲気のいいカフェにて仕事をしていた。

それにしても不思議なもので、中目黒という土地柄に加えて「洒落たカフェ」という踏み絵をクリアした民らは、全員、身なりが整っているというかレベルが高い。いわゆる「変な奴」や「ヤバい奴」が一人もいないのだ。

まるで、「このカフェに相応しくないニンゲンは、広義的には中目黒にも相応しくない」と暗示しているかのように、MacBook Airしか開かれていない空間でわたしは一人、相棒であるレッツノートと向かい合っていた。

 

 

(・・うーん、ずっとやられると想像以上に気になるものだな)

 

ヘッドフォン越しに音楽を聴きながら入力作業を進めていたわたしは、斜め前に座るクリエイター風の男性が鼻水をすすっていることが気になり、キーボードを叩く手を止めてしまった。垂れるほどではないが、奥の方で鼻水がうずうずしているのだろう、一定のテンポでズルッズルッと雑音を発しているのだ。

咳ならば明らかに嫌悪感を示せるが、たかが鼻水ごときで目くじら立てるのもどうかと思う。ここは気にしないように、目の前の作業に集中しよう——。

 

ほぼ満席の店内で席の移動は難しい中、少なくとも「これが住居の引っ越しではなくてよかった」と、内心安堵するわたし。なぜなら、生理的に受けつけない”お隣さん”の住むマンションで暮らすほど、不毛かつ不幸な人生はないからだ。

そして、相変わらず断続的に聞こえてくるズルッズルツという鼻水の音に耐えながら、たまにその男性の顔を見る——無意識の行為が他人を不快にさせていることに、気づいてくれ。

それでも彼は、特に変わった様子は見せずにマックブック相手にせっせと入力作業を続けている——まぁ、鼻水をすする音がそこまでの影響力・・というか破壊力を持っているとは、普通は思わないよな。

 

彼の鼻汁吸引音(?)を解析したところ、たしかに鼻孔から垂れ出るほどの量でも粘度でもなさそう。おそらく、鼻腔内でサラサラの鼻汁が発生し、その違和感から無意識に鼻をすすっているのだろう。

要するに、ウイルス性の鼻水ではないのだからアレルギーか・・などと彼の症状を気に掛ける反面、「鼻の穴にティッシュでも突っ込んどけよ!」と叫びたくなる衝動をどうにか抑えつつ、やむをえずスマホの音量を上げると再び作業に入ろうとしたその時——。

わたしの隣に一人の女性が腰を下ろした。二十歳前後くらいだろうか、こちらも中目黒を代表するかのような、洗練されたスタイリッシュな衣服と髪型で身を包んでいる。

 

(あーぁ、鼻水の音が気にならないタイプならいいけど・・)

なんとなく彼女に同情したわたしだが、鼻水の不快音による被害者が増えたことで気が楽になったのも事実。さらに、このオシャレ女子がどんな態度を見せるのか・・そこもまた見ものだと、内心ほくそ笑んでしまった。

 

しばらくすると、お決まりのズルズル音が始まった。決して間を空けることなく、一定のリズムで断続的に聞こえてくる鼻汁吸引音。すると彼女は、すぐさま顔を上げて正面に座る男性をじっと見つめた——その「直視による圧力」は、隣に座るわたしまで伝わってくるほど、強力かつ効果的なパワーを放っている。

対する向かいの男性は、そんなプレッシャーをものともせずズルズルと鼻を鳴らしながら作業に没頭している。まぁ、カフェ自体が静かなわけでもないし、店内は音楽も流れているし、ましてや自身も耳の穴にイヤフォンを突っ込んでいるわけで、まさか「そこまで自分の鼻をすする音が、他人に影響を及ぼしている」とは思わないのだろう。

 

ところが、中目黒の女子は強かった。このわたしですら、ジッと睨むことしかできなかったというのに、彼女は見事に不快感を露わに——そう、コーヒーの入ったマグカップを「ダンッ!」と、勢いよくテーブルに叩きつけたのだ。

その様子を横目で観察していたわたしは、「ナイス!!」と内心拍手を送ったが、正面に座る鼻水クリエイターの男性はギョッとした表情で彼女を見た。ここで初めて、両者の目が合った・・というわけだ。

しかも、目が合った彼女は怯むことなく新たな追撃を加えた——なんと、男性とにらみ合いながらも「チッ」と舌打ちをかましたのだ!!

 

(やばい、ナカメ女子は相当強い。不快感を見事に態度で示すとは・・ナカメグローゼ、こえー!)

 

無論、鼻水クリエイターの男性は「なぜ自分が睨まれて、舌打ちをされなければならないのか分からない」といった表情でポカンとしていた。

ただ、明らかに自分に向けられた殺意のようなオーラには気づいた様子で、そそくさとマックブックを片付けるとカフェを後にしたのである——グッジョブすぎるぜ、中目黒女子!!!

 

 

声をかけることも礼を告げることもなかったが、生粋のナカメグローゼというのは気性が荒い上に行動力がある・・ということを知ったシロガネーゼは、密かに彼女へ敬意を表するのであった。

 

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