とあるクリニックを訪れた時のこと。二階にある入り口へ向かうため、長い階段を上って行ったところ、頂上付近にいる親子三人が道を塞いでいた。見ると、一人の子どもが大声で泣きわめき、母親の指示に「従いたくない」という意思表示をしている模様。
(診察後で機嫌が悪いのだろうか)
そんなことを思いながら親子の足元へ近づくと、それに気づいた母親が子ども二人を端へと寄せた。わたしが横を通り過ぎる際にも、子どもはぐずって地団太を踏んでいた——本当に子育てというやつは大変だ。
そしていよいよクリニックのドアをくぐると、珍しくたくさんの患者が座っていた。受付には会計中の患者が一人立っており、その向かいには明らかに入社したてのスタッフが、オロオロしながら書類に印鑑を押している——あぁ、この手際の悪さでは、客を待たせて当然だ。
とはいえ、受付を済ませないことにはどうしようもないので、わたしはその場で様子をうかがうことにした。
診療明細を含む三枚の書類に押印し、さらに院内処方された薬の種類と数を確認し、続けてクレジットカードでの支払いに対するアプリの起動をし、最後に利用明細を手渡して終了——この一連の動作が、とにかくノロかった。
会計待ちと受付待ちの患者がいることで、新人スタッフは極度のプレッシャーを受けたのだろう。いや、そもそもこの手の作業が得意ではない人物なのだ。しかも、慣れない職場でいきなり独り立ちさせられて、パニック寸前なのかもしれない。
おまけに、タイミング悪く電話が鳴り出した——そのうち発狂するんじゃないか?
・・などと悠長なことを言っていられたのもこの辺りまでで、あらかじめ診察の予約をしていたにもかかわらず、その場で10分以上立たされたわたしは、堪忍袋の緒が切れそうになっていた。
なぜわたしの受付が遅れたのかというと、会計客を優先したからだ。診察待ちの患者がたくさんいるということは、当然ながら診察中の患者もいるわけで、それらが流れれば流れるほど、会計待ちの患者が増えるのも当然。
そして、新人スタッフが受付よりも会計を優先したことで、わたしの後ろには長蛇の列が出来上がっていた。
入り口の自動ドアが常に開いたり閉じたりしている状況ではあるが、さすがは民度の高い港区民。誰一人、不快な態度を見せることなく黙って列を維持している。
そして時計を見ると、わたしの予約時刻から13分が経過していた——これで遅刻扱いされたんじゃ、たまったもんじゃないな。
だが、院内においてわたしは未だに「未到着の患者」ということになっている。10分以上前から受付にいるにもかかわらず、ドクターやナース側にわたしの存在は伝わっていない——あ、電話がかかってきた。
(院内にいるにもかかわらず、予約の時間が過ぎているのになぜ来ない?という電話を受け取るとは、なんたる皮肉、いや屈辱だろうか)
それにしてもなぜ、会計と受付を交互にやろうとしないのか。恐らく「どちらかを優先するとしたら、会計を優先して」と言われたのだろう。
そりゃそうだ、ドクターは一人しかいないのだから、どんなに受付を急いだところで、先にいる患者の診察が終わらない限り順番は回ってこない。それならば待合室の混雑を緩和するためにも、診察後の会計処理を優先的に行うことで、人間の停滞を防ぐのが得策。
とはいえ、見てみなさいよこの長蛇の列を。ドアの外までつながる受付待ちの患者を、完全に無視して会計を優先するというのは、やはり「正しい」とは思えない。せめて交互にさばくのが、ベターな対応ではなかろうか。
そうこうするうちに、ようやく会計の患者が終わりわたしの順番が回ってきた。すると例の新人スタッフは、受付待ちの患者らに向かい「お待たせしました、最初の方はどなたですか?」と、先頭にいるわたしを無視して背後に視線を向けたのだ。
(・・え、わたしの姿が見えないのか?)
もちろん、ここにいる誰よりもわたしが先にここへたどり着いており、そんなことは患者自身が分かっているわけで、当然ながら「わたしだけど」と告げると、「あ、そうでしたか」と謎の返事をしながら診察券を受け取ったのだ。
(なんだその態度は)
15分も立ちっぱなしにされたあげくに、わたしを無視して背後の患者の声をかけるとは、なにか恨みでもない限り理解しがたい対応である。そもそも手際がよくないことと、さらに状況判断ができないことにより、大量の人間を待たせたわけだ。それなのに、その言いぐさはないだろう——。
などと怒ったところで仕方がない。済んだことは事実だし、わたしの怒りを彼女に伝えたところで、おそらく響きもしないし何も変わらないのだから。
そんなことを考えながら、わたしの次に並んでいた患者の様子をうかがっていたところ、インフルエンザの予防接種に訪れた模様。しかも親子で・・と告げているが、子どもの姿が見当たらない。
そうこうするうちに、わたしの名前が呼ばれて念願の診察室へと入って行ったのである。
*
クリニックからの帰り道、わたしはふとあの親子——階段の途中で子どもがぐずっていた、あの親子たちのことを思い出した。あまりジロジロ見るのも悪いので、彼女らの顔は確認しなかったが、なぜ入り口付近で揉めていたのだろうか。
もしも診察後であれば、あんな邪魔なところで立ち止まらず、さっさと地上に降りるはず。それなのになぜ、あそこでグズグズしていたのだろうか——。
その時、わたしの後ろにいた患者・・つまり、親子で予防接種を受けに来た母親の後ろ姿を思い浮かべた。親子で予防接種に来たはずが、子どもの姿が見当たらなかった。それはつまり——
(注射を嫌がる子どもたちが、中に入るのを拒んだのか!?)
それでも、なんとか予防接種を受けさせたい母親は、子どもらを外で待たせて受付だけ済ませたのだ。要するに、わたしよりも彼女らのほうが先にクリニックを訪れていたのだ。
(あの受付スタッフはそれに気づいていて、だからあえて「最初の方はどなたですか」などと声をかけたのか・・・?)
もしもそうだとすれば、申し訳ないことをした。母親にも済まないことをしたが、勝手な濡れ衣を着せられた受付スタッフにも詫びなければならない。ヒトを見た目で判断するなど、決してやってはいけないこと。それなのにわたしは、勝手なイメージを作り上げて受付スタッフを侮辱したのだから。
これが事実か否かはもはや闇の中だが、とにかく後悔する出来事となったのは間違いない。だが、もしもこれらがわたしの思い過ごしであれば、どれほど気持ちが楽になるだろうか——。
配慮に欠ける短絡的な思考しか持たなかった自分を、心の底から恥じるのであった。





















コメントを残す