生理現象を我慢することはなかなか難しい。
難しいどころか、最終的には無理だろう。
しかし、命を賭して任務に就く兵士や暗殺者、ボディーガード、テロリストらはそんな悠長なことなど言っていられない。
私は格闘技を嗜み、ピストル射撃とクレー射撃を経験し、性格もクレイジーだ。
つまり、先に挙げた「命を賭す職業」に向いている。
だがよく言われるセリフで、
「女だからな」
ここについて否定しておこう。
フィジカルの差や女性蔑視は別として、女には生理現象が多い。
月に一度の生理もそうだが、トイレの回数が多いことも男性と比べられがちな現象の一つ。
女性は男性に比べて尿道が短く、尿道を支える筋肉も弱いため、身体構造的に尿が出やすい。
そのため、トイレへ行く回数が男性よりも多いのは致し方ないだろう。
しかし、
私はこの部分において圧倒的な自信を持っている。
その辺の男の何倍、何十倍もトイレなど行かずに任務を遂行できる。
そう、3日はトイレに行かなくても平気だ。
どうやってこの特殊体質(スキル)を身に着けたかというと、小学生の頃にさかのぼる。
*
たしか林間学校、というような名称だったと思う。
2泊3日で山にこもり、何らかの訓練を受ける授業だ。
貸切バスに詰め込まれ、我々は山へと連行される。
途中でトイレ休憩があったが、全員がトイレへ向かうため長蛇の列。
さほどトイレに行きたいわけではない私は、バスの中からその列を眺めていた。
バスに揺られて数時間、ようやく山奥の施設に到着。
見渡す限りの大自然、脱走など不可能な様子。
変な虫もいそうだし、刺されたらどうしてくれんだ。
そもそもこんなところで何をさせるつもりだ。
小学生ながらに疑問しか湧かなかった。
林間学校で何をしたのかは覚えていない。
私の脳裏にあまりに鮮明に焼き付いているのは、そこにあったトイレだけ。
林間学校初日の夜、人目を忍んで私はトイレへ向かった。
昔からトイレの清潔さに敏感で、いまだに洋式トイレに座る際は除菌シートで拭いてから、またはトイレットペーパーをぐるりと敷いた上に座る。
誤解しないでほしいのは、海外や僻地、途上国のトイレは例外ということ。
地面に穴を掘っただけのトイレで用を足したこともある。
裕福な国である日本、という前提での潔癖症だ。
トイレの場所へ着くと、そこはいわゆる掘っ立て小屋だった。
火を放ったらよく燃えそうな。
恐る恐る入り口のドアを引いて中を覗く。
すると、
水洗トイレではなくボットン便所というやつではないか!!!
ある種の衝撃を受けた私は、そのままドアを閉めて部屋へ引き返した。
(これは覚悟を決める必要がある)
小学生ながらも、戦地へ赴く兵士の気分だ。
そして初日のトイレは断念し、明日改めて出直すことにした。
翌日、私はずっとイメトレを重ねた。
あのトイレで用を足すにあたり、どのような手順でどのように行えばいいのか、何度も頭の中で繰り返した。
いよいよ日が暮れて同級生らが寝静まった頃、意を決してあの掘っ立て小屋へ向かう。
さすがに2日もトイレを我慢するのは体に悪い。
尿意の限界も来ているため、多少のことは目をつむらなければならない。
強固な意志を持ってトイレのドアを引く。
目の前に広がるボットン便所。
(大丈夫、たかがトイレだ)
強く自分に言い聞かせ、トイレの個室へと足を踏み入れた。
その瞬間ーー
一瞬で尿意が引く経験、というものを味わったことのある人はいるだろうか。
2日間トイレを我慢した人間が、一瞬で尿意を失いスッキリした気分になることなど。
小学生の私が目にしたのは、トイレの真ん中で死んでいるデッカイ蛾だった。
そのインパクトと言ったら、筆舌に尽くしがたい。
汚い、恐ろしい、怖い、ビビる。
そんなもんではない。
とにかく、スッと血の気が引く感じだ。
その感じで、スッと尿意が引いたのだ。
もはや爽やかな気分となった私は、スキップしながらトイレを後にする。
(もう大丈夫、あと1日我慢すればいいだけのことだ)
この2日間の葛藤は一体何だったのだろうか。
一瞬で尿意が消失し、軽やかな気分になれたというのに。
こうして私は、2泊3日の林間学校で一度もトイレへ行かずに過ごした。
*
幼少期の特殊体験、またの名をトラウマから、私は尿意を抑えるスキルを身に着けた。
それ以降、トイレの回数は一般人より格段に少ない。
よって、特殊任務に就くにあたり適任と思われる。
余談だが、3日分の尿はさぞかし大量だったと想像されるだろう。
しかし実際は、大量どころか通常よりも少なかった記憶がある。
尿の勢いも弱く、明らかに膀胱か腎臓にダメージを与えた状態だった。
幼少期のトラウマにより、人間離れした尿意コントロールができるようになった、というノンフィクション。
Illustrated by オリカ
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