"思えば叶う"なんて都合のいい話が、あるはずな・・・

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想えば叶う——そんな単純かつ嘘っぽい座右の銘を持つ友人は、オリンピックで銀メダルを獲得した。

とはいえ、ただ単に「思ったから叶った」わけではなく、根っからの天才かつ実力者だったからこそ銀メダルに届いただけで、能力不足の者がどれほど強く思ったところでメダルを手にすることなどできるはずもない。

 

そもそも、運動でも勉強でもピアノでもなんでもそうだが、努力したからといって頂点に立てるほど甘い世界ではない。最低限の能力やポテンシャルを有することが大前提であり、その中でも努力を惜しまなかった者が脚光を浴びるわけで。

だからこそ、「思えば叶う」などという薄っぺらい言葉に騙されてはならない。そこまで強く思えるのならば、その思いを練習なり勉強なりにつぎ込むべきで、理想に耽るなど愚の骨頂。むしろ「思いながらも体を動かせ!」と、きつく説教したいところである。

 

——そんな現実主義者のわたしは、4日連続シュトレン一本食いからの年末年始の爆食いの影響で、全体的にむっちりしていた。

殊に、腹回りがドラム缶を彷彿とさせるフォルムになっているが、今ならまだ間に合う(?)自信があった。しかし、これ以上の暴飲暴食を許すと後戻りが大変になるのは明白。だからこそ、この辺りでブレーキをかけなければならないのだ。

 

にもかかわらず、こんな時に限って大量の手料理をもらったり会食の予定が連続したりと、不可抗力的に胃袋を広げるトレーニングを強いられるのだから、嬉しい悲鳴が止まらない。

とはいえ、いつまでも甘やかされているわけにはいかないので、そろそろ本気で食欲のブレーキを踏まなければならない——そんなことを考えながらも、新幹線に揺られながら弁当を二つと東京バナナを頬張るのであった。

 

 

長野市は見事な極寒ぶりだった。ウィンタースポーツを楽しむべく訪れた外国人で溢れかえる長野駅は、雪こそ降っていないが刺すような冷たさに包まれている。——これぞ雪国の底力。東京とは比べ物にならないほどの、圧倒的かつ本物の寒さがそこにはあった。

 

公共交通機関で実家へ向かう方法は二つあるが、バスのほうが歩く距離が短いのでこちらを選ぶことにしたわたし。だが、唯一の難点といえる「運賃の支払いは現金のみ」という部分に、電子マネー至上主義者は帰省のたびに神経を逆なでされるわけだが。

しかしながら、東京に魂を売ったひ弱な売国奴にとって、この寒さの中を歩く・・という行為はとてもじゃないが許容できない。そこで、ガサゴソとバッグを漁り五百円玉を見つけると、それを握りしめてバスへと向かったのだ。

 

列の最後尾に並んでいたわたしは、全員が乗り込んでから車内へと足を踏み入れた。幸いにもドアの正面(長野のバスは、真ん中から乗って前方から降りる仕組みになっている)の一人掛けが空いていたので、そこへ腰を下ろすと発車を待った。

ところが、出発が遅れているのかそもそも出発時刻がまだなのかは分からないが、バスは一向に動こうとしない。しかもその間、乗車口のドアはずっと全開のまま。そのため、外気が車内へ入り込んできて寒い・・いや、寒さよりも耐え難い"ニオイ"に、眩暈(めまい)を感じさせられていた。

 

低回転でもトルクが出せるディーゼルエンジンは、主にバスやトラックに搭載されているが、排気ガスによる異臭・・というか悪臭が付き物。原因は、燃料となる軽油の不完全燃焼により、アルデヒドやトルエンなどの有害物質が発生してしまうからだ。そのため、近年では様々な対策が施されているが、それでも排気ガスをダイレクトに吸い込めばさすがに気分は悪くなるもの。

そんな悪臭を何分間も吸い続けた・・というより、半強制的に吸わされ続けた結果、もはや手で鼻と口を覆わなければ呼吸ができないほどに、わたしの健康は害されていた。

願わくば乗車口のドアを閉めてもらいたいが、そうなるとバスに乗りたい客が困ってしまう。さらに、ドアの目の前に座るわたしだけが排気ガスをダイレクトに吸い込んでいるらしく、わたしの前後に座る乗客は(マスクをしていることも影響しているだろうが)苦痛に顔を歪めることもなく、バスの発車を静かに待っていた。

 

だがその時、わたしはとあることに気がついた。そう、「思えば叶うって、本当に実現するんだ・・」ということを、ごく自然に知ってしまったのだ。

 

排気ガスを吸わされたわたしは、言うまでもなく気持ち悪くなり吐き気をもよおしていた。それはすなわち、完全に食欲を失ったことを意味する。——皮肉にも、アルデヒドやトルエンといった有害物質によって、食欲のブレーキが実現されたのだ。

 

 

意図的ではないにせよ、思えば叶う・・ということがこの世にはあるらしい。

 

Illustrated by 希鳳

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