はぐれインパルス

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(・・・あ!!!)

それは歴史的瞬間だった。一糸乱れぬダイヤモンド・テイクオフ(飛行機4機で、ダイヤモンドの形をつくって離陸すること)で大空を横切って行ったかと思ったら、なんと、一機だけあらぬ方向へズレてしまったのだから——。

 

 

世界屈指の航空ショーを披露する、航空自衛隊のブルーインパルスが、まさかの致命的なミスを犯した。

 

北海道千歳市にて「千歳のまちの航空祭」が開催され、そこでブルーインパルスによる展示飛行が行われたのだが、たまたま空を眺めていたわたしの真上を、4機のブルーインパルスがダイヤモンド隊形を維持したまま飛び去った。

あれほどの至近距離で美しい隊形を保ち、高速で飛行する技術やメンタルは相当なものだろう。並みの人間ではブルーインパルスのパイロットなど務まるはずもない——。

そんな、選ばれし精鋭たちの雄姿を見送りながら、わたしは誇らしい気分になった。そう、これこそが日本が世界に誇るアクロバット精鋭部隊、ブルーインパルスの演技なのだから。

 

あっという間に遠くへと飛び去った4機を見送りながら、次の飛行展示はなんだろうかと考えていたところ、なんと、とんでもない事件が起きた。

目を凝らさなければ確認できないほど、小さな黒い点となったブルーインパルスの編隊から、一機だけ不自然な動きで隊列を離れた機体があったのだ。

 

・・これは大事件である。たとえば、北朝鮮のマスゲームで誰か一人が誤ったパネルを出してしまったら、ミスした人物は翌日には消えているだろう。

さすがにここまで絶望的な結末にはならないにせよ、圧倒的な信頼と安心を前提にブルーインパルスは存在しているわけで、まさかの編隊崩壊はショッキングであり、面白おかしくマスコミのネタにされることを危惧した。

 

そんなことを考えながら、編隊から離れた一機を目を凝らして追い続けた。やはりおかしな飛行をしており、もしかするとエンジントラブルなど何らかの故障があったのかもしれない。いずれにせよ、事件勃発であることは間違いない。

それでも「はぐれインパルス」は、自力で飛行を続けている。それどころか、こちらへ向かってくるではないか。

 

(・・・・・)

 

力強くグングンと飛翔を続けるはぐれインパルス。みるみる形状がはっきりし、エンジン音とはかけ離れた間抜けな音を発している。

「アーッアーッ」

それは一羽のカラスだった。

 

ダイヤモンド・フォーメーションを保持したまま、ファン・ブレイクによる旋回を行ったブルーインパルスとわたしの間に、いつの間にかカラスが一羽紛れ込んでいたのだ。

しかも距離が離れていたため、ブルーインパルスと同じくらいの「小さな黒い点で」しかなかったカラスは、誰がどう見ても「ブルーインパルスの一機」にしか見えなかった。

 

・・まるで人間を嘲笑うかのように、アーッアーッと叫びながら頭上を通り過ぎるカラス。それを見て唖然とするわたしの視線の先には、さらに驚きのパフォーマンスが待っていた。

まさかの、カラス5羽による「ワイド・トゥー・デルタ・ループ」が、見事に展開されていたのである。

これは俄かに信じられない光景だった。なぜなら、わたしが普段目にするカラスは2,3羽の少数で行動していたり、集団で移動するにしてもただ単にわらわらと飛んでいたりと、このような美しいフォーメーションを形成する鳥ではないからだ。

 

わたしと同じく、奇妙な「カラスインパルス」に気付いた観客らが、カラスとブルーインパルスを交互に見比べている。

思うに、航空自衛隊のブルーインパルスを見たカラスたちは、「オレたちだってあのくらいできるよな」と合図を送り、本家・ブルーインパルスから飛び出したかのような演出をスタートに、不自然なほどに美しく整った編隊を、われわれ人間に見せつけたのではなかろうか——。

 

 

さっき、わたしがブルーインパルスの機体と見間違えた一羽のカラス。あれは、いわゆるフライトリーダである「1番機」の役割を果たしていたのかもしれない。そしてどこからともなく、残りの機体(カラス)が集合し、見事なフォーメーションを完成させたのだ。

本家本元のブルーインパルスと、即席部隊であるカラスインパルス。二つの演技をキョロキョロと見比べながら、「どちらも見事で美しい」と頷くのであった。

 

サムネイル/航空自衛隊

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