わたしは腰が悪いので、長時間横になったり椅子に座ったりすることが苦手である。そのため、電車に乗ると脳は「座りたい!」と懇願するが、腰や尻は「座りたくない!」と拒否するため、残念ながら立ったまま過ごすことが多いのだ。
さすがに、耐え難い眠気に襲われたときは我先に着席するが、それほど長距離を移動する機会も少ないので、もっぱら立って過ごしている。
電車といえば、なぜか座席を確保した者が"勝者"であるかのように、デカい面してふんぞり返っている輩が多い。目の前に立っている乗客が、急停車などでちょっとでも自分に触れると、まるで親の仇のように睨みつけるのだからタチが悪い。
「座っているオマエはそんなに偉いのか?特別料金でも払って乗車しているのか??」と問いただしたいくらいに、立っている乗客のほうが不安定な環境に置かれていることを理解していないのだ。・・まぁ、ニンゲンなんてそんなもんか。
先日、満員電車に乗った際のこと。わたしは胸の前でリュックを抱えていたが、目の前に座る客の顔の高さにリュックがきてしまい舌打ちをされた。かといって背負うこともできないし、荷物棚に載せるには降車駅が近すぎるし、やむなく「すみません」と謝罪を述べた。
「当たり前だ」と言わんばかりに無視をしたそのオトコは、再びスマホへ視線を落とすとSNSのチェックを続けた。そして次の駅で降りる素振りを見せたので、その後の動向を観察してみた。
「ちょっと、いいっすか?」
腰を上げようとするそのオトコの前には、わたしが立ちはだかっている。無論、わたしは微動だにしない。なんせこちらは、身動きがとれないほどギュウギュウ詰めの車内で、しっかりと自立しているのだから。
「降りるんで、どいてください」
イライラした表情でわたしを見上げながら、オトコはそう告げた。そこでわたしは、
「それがヒトにものを頼む態度か?」
と尋ねた。その瞬間、オトコの隣りに座っていたオンナと、わたしの隣に立っていたオトコがギョッとした表情でこちらを見た。・・そりゃそうか、まさかそんな返事がくるとは誰も思っていなかったのだろう。
オトコの目の前にはリュックがあり、その持ち主が仁王立ちしている状況からも、ここを無傷ですり抜けることは至難の業。なんせ乗車率200%の銀座線車内において、他人と接触せずにスルリと乗り降りすることなど、不可能だからだ。
だからこそ、赤の他人とはいえ態度や言動に注意しなければならないのである。もしもこのまま、少しでもわたしに触れようものなら、「痛いっ!!」と言って倒れ込む準備(覚悟)はできているわけで。
さぁどうする、オトコよ——!?
「す、すみません。降りたいので通してもらえますか・・」
なんと、オトコは柄にもなくしおらしく首を垂れたのだ。さっきまでのイキッた態度はどこへやら。たしかに、わたしというウォール・マリアを突破しなければ電車を降りることができない。そして今のご時世、オトコとオンナならばオンナに分があるのは明らか。
——フン、なにが男女平等だ。コレ系の犯罪に関しては、オンナに軍配が上がると相場は決まっているのだ。
オトコの願いを聞き届けたわたしは、サッと体をそらすと奴に道を開けた。オトコは軽く会釈をしながら去って行った。
*
・・そんなほろ苦い思い出を、体を上下に揺らしながら思い出していたわたし。なぜ揺れていたかというと、購入したばかりの新たな椅子に座り、腰や尻の感触を確認していたからだ。
ナーバスな腰と尻を持つわたしは、椅子やクッションへのこだわりが凄い。そのため、わが家には何種類もの低反発・高反発クッションが転がっており、旅行用と合わせるとそれだけでだるま落としができるほど、ありとあらゆる商品が揃っているのである。
そんなわたしが新たに家族として迎え入れたのは、バランスボールだった。直径65センチのバランスボールにパンパンに空気を詰めて、その上に腰かけたり正座をしたり、尻との相性を確認していたのだ。
(・・これはいい。腰もケツもまったく痛くない)
どんな反発系クッションよりも、空気のクッションなおかつ球体であることが、わたしの尻と腰に優しい形状である模様。さすがに持ち歩くことはできないが、これからは仕事もピアノもバランスボール一つで快適にこなすことができそうだ。
(公共交通機関のシートも、球体でいいのに・・)
もしも電車やバスの会社に就職したら、そう提案してみようと思うのであった。
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