ウーバーイーツ・ヘビーユーザーのわたしは、ご存知のとおり料理をしない。
そのため、自宅に調味料というものも存在しない。
最近は時代の流れか、ウーバーイーツで注文すると必ず、
「カトラリー類のご要望 ☑︎ 」
という選択肢があり、四角にチェックしなければ箸やフォーク、ストロー、ミルクに砂糖などがついてこない仕組みになっている。
「だったら、ストローなしでもアイスコーヒー飲めるようにしとけよ!」
わたしは何度かキレたことがある。
ストローを刺す穴のついたカップで届くのに、カトラリー類のチェックを忘れたために、アイスコーヒーが飲めないことがあった。
自宅に箸やフォークはあっても、ストローがある一人暮らしは少ないだろう。
そんな一消費者の声が届いたのか、最近ではアイスコーヒーもホットと同じペーパーカップで運ばれて来るようになった。
そもそもアイスドリンクがプラカップである理由は、氷を入れることによる結露のため。ペーパーカップだと結露でヨレヨレになるので、プラカップにしていたわけだ。
しかし最近では、ペーパーカップにラミネート加工を施すことで、結露の影響を防いでいる。
そして、わざわざストローで飲ませる必要性についても疑問符がつく。少なくともわたしは、ストローなど要らない。
よって、飲み口の形を変えるだけで、アイスもホットも同じカップで提供できるはずなのだ。
こうして最近は、ストローレスでアイスドリンクも飲めるようになり、家庭ゴミの削減にも大いに役立っている。
*
ある朝、事件が起きた。
飲み物を取り出そうと冷蔵庫を開けた時、それとなく視野に入った玄関に異変を感じた。
恐る恐る玄関を見ると、なんと、大量の虫がわいているではないか!
何十、いや何百もの黒い虫が蠢(うごめ)いている。わたしは失神しかけた。
(なぜだ?なぜこんなにも大量の虫が発生している?このマンションは新築で入居しており、ゴキブリはおろか虫など見たこともない。変わっているところといえば、ベランダを開けると某宗教団体の教祖の自宅があり、あちらの玄関はこちらのマンションの2階の高さにある、というくらいだ。まれに信者らが洗濯物を干す時に、ベランダから監視しているわたしと目が合うくらいで、これといった危害も加えられなければ、騒音や何かで迷惑を被ったこともない。なのになぜ、これほど大量の虫が玄関にたむろっているのか!)
どれだけ考えても答えにはたどりつかない。とりあえずは虫を片付ける以外に方法はないだろう。
そういえば我が家に掃除機はない。もちろん、ホウキなどあるはずもない。掃除道具といえばコロコロだけだ。
さすがにあれだけの虫をコロコロへ貼り付けるのは難しいし無理だろう。なおかつ、そんな地獄絵図を見たくもない。
殺虫剤を撒いてから回収するべきか?
いや、殺虫剤がない。
失意のどん底かつ半狂乱のわたしは、とりあえず虫の大群と対峙することにした。
やや遠くからでも分かるくらい、ハッキリと大量の虫が散乱している。
(片付けたら不動産屋へ行こう、すぐさま引越しだ)
なぜわたしがこんな目に遭わなきゃならないのか、怒りと悲しみに震えながらも、わたしは一歩ずつ虫へと近づく。
・・・・・。
玄関にしゃがんだ瞬間、蠢く大量の黒い虫の正体がわかった。そしてその理由もわかった。
ーー昨日ばら撒いた、塩昆布だ。
大量の「塩昆布」が大理石風の白い床に散乱しており、まるで黒い虫が蠢いているように見えたのだった。
*
事件前日の夜ーー。
葬儀から帰宅したわたしは、家に入る前に「お清めの塩」を体に振りかける儀式を行わなければならない。
だがこのことをすっかり忘れて帰宅したため、塩の用意がなかった。ましてや調味料の存在しない我が家に塩があるはずもない。かといってこの雨の中、近所のコンビニまで喪服で塩を買いに行くのも憚(はばか)られる。
(こんな時にかぎって、塩っぽいものはないのか・・・)
とりあえず玄関のドアを開けて、キッチンを眺める。塩はおろか鍋も調理器具もない、スッキリ片付いたキッチンが見える。
これは絶望的だ。
隣人に塩を借りる、という手も考えたが、会ったこともない隣人にいきなり喪服で、
「あのぉ、塩、振りかけてもらえませんかね」
は、さすがにホラーだろう。
困り果てたわたしの視線の先に、これはもしや塩っぽいのでは?!というものが飛び込んできた。
これさえあれば白米を何杯でも食べられる魔法の補助食品、いや、我が家に唯一の奇跡の調味料と言うべきか。
その名は、塩昆布。
しかしこれはどう見ても塩ではないし、ちょっとふざけているように思われやしないか。
お清めをするための神聖な塩の代用品として、同じ塩でも塩昆布とは、故人を侮辱している!と糾弾されかねない。
わたしは友人へ相談した。
「というわけで、塩昆布を撒くのと何もしないのと、どっちがいいのかな?」
すると友人は、
「こういうのは気持ちが大事だから、やらないよりやったほうがいいし、塩がないなら塩昆布でもしかたないよ」
と真面目に諭してくれた。
なるほど、たしかにその通りだ。誰かに決められたルールを忠実に守ることより、故人への気持ちが大切であることは間違いない。
わたしは爪先立ちで室内に入り、塩昆布の袋を引っ張り出すと急いで玄関へ戻る。
むんずと塩昆布を掴み、上半身や背中、足元へと叩きつけた。
まるで力士が塩を撒くかのように、盛大かつ自信満々に。
ーー大切なのは気持ちだ。ルールを守ることに囚われては本末転倒だ!
*
こういうこともあるから、お清めは「塩」がいいのだろう。
塩なら虫と見間違うこともないし、ほっといても害はない。
やはり昔からのルールには、何らかの理由があるものだ。
サムネイル by 希鳳
ちょっとマジメにすみません。お許しください。
そもそも汚れていませんから清める必要はありませんよー
亡くなった方は汚れてはいません。
仏様になられたんですから。
いつまで経っても大切な愛すべき方です。
お清めの塩はやめようという坊さん業界のキャンペーンを
お寺の住職より〜
たしかに!お清めって、ちょっと変ですよね。
坊さん業界キャンペーン、私も支持します!笑