「・・・・」
とあるピッツェリアでマリナーラを一口かじった瞬間、4人の間で微妙な沈黙があった。
作り手の名誉のためにも補足しておくが、決して不味いわけではない。ただ、タイミングが悪いというかなんというか、ちょうど一日前に「本物の味」を知ってしまったがゆえに、4人とも舌が肥えてしまったのだ。
(これが全国に広がれば、ピッツェリアは大変なことになるぞ・・・)
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昨日、オフロードピット那須のグランドオープンの際に、東京都練馬区にある「GTALIA DA FILIPPO(フィリッポ)」の主力メンバーと、群馬県桐生市にある「Pizzeria Da Maki(マキ)」のピッツァイオーロによる、世界トップレベルのナポリピッツァが振る舞われた。
薪窯がセットされた特注のキッチンカーで訪れたチーム・フィリッポは、前日の夜中から仕込みを行い、ピッツァだけでなく猪肉や鹿肉の下ごしらえを済ませた。
普段のキッチンとは違い、狭いスペースで大した道具もない状態にもかかわらず、その場にあるものでちゃっちゃと仕上げていく料理人たち。
持参したミニスピーカーで音楽を流し、長旅の疲れを見せることなくワイワイ騒ぎながら調理をする姿は、プロである以前に料理への愛がひしひしと伝わってくる。
ちなみに、料理のりょの字も縁がないわたしは、業務用ストーブの前で暖を取りながら、静かに彼らの作業を見守っていた。だがある時、ふと目の前のテーブルに番重(ばんじゅう)が積み上げられていることに気付いた。
ストーブの熱風が当たる場所なので、生地がダメになるのではないかと心配になったわたしは、ピッツァイオーロであるマキタに尋ねた。
「生地が乾燥したり、ダメになったりするんじゃない?」
するとマキタは、
「気温が低いんで、ストーブの熱を使って発酵させてるんですよ」
と、番重を持ち上げて生地を確認しながら教えてくれた。
(なんと、わざとだったのか・・・)
しばらくすると、もう一人のピッツァイオーロであるイワサワがやって来た。そしてマキタと同じく、次々と番重を持ち上げながらそれぞれの生地の状態をチェックした。
「大丈夫そう?」
「うん、明日の朝にはいい感じになるんじゃないかな」
ピザ生地の発酵具合いなど、わたしには一生知ることはできない。しかし彼らにとってピザ生地は、単なる食材ではなく「愛着のある生き物」なのだろう。表面の様子を見ただけで、生地の機嫌が分かるのだから。
こうして迎えたグランドオープン当日。キッチンカーの持ち主であるマキタは、窯に薪をくべると試作品となる一枚目のピッツァを焼きあげた。
「いいね、ぜんぜん問題ない!」
さっきまでの緊張した面持ちは緩み、爽やかな笑顔でこちらを振り返る。
どうやら、このキッチンカーでピッツァを焼くのは今回が初めてなのだそう。
普段つかっている窯と比べて、大きさも使い勝手もまったく異なるため、実際に焼いてみなければ分からない。その結果、いい状態で生地に火が通ったため、安堵の表情となったのだ。
ピッツァイオーロを名乗るからには、生地をこねるところから窯で焼きあげるまでのすべての工程において、完璧な対応が求められるだろう。
「ウチの生地じゃないから」「窯がいつもと違うから」などという理由は、当然ながら言い訳にしかならない。いつどこでどんな状況であろうが、その場における最高のピッツァを焼きあげる人こそが、「ピッツァイオーロ」と呼ぶに相応しい職人である。
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「ピッツェリア」を標榜する店のピッツァに、期待をするのは当たり前。
とくにナポリピッツァは、もちもちした食感と表面のカリッとした歯ごたえが特徴なので、高温の窯を使い短時間で焼きあげるのがセオリー。
もしもこれが「イタリア料理店」ならば、ピッツァの出来に不満があっても文句はない。しかし、ピッツァの専門店というからには、ぜひとも生粋のピッツァを提供してもらいたいのだ。
「本物の味」を知った顧客が増えれば増えるほど、そうじゃないピッツァとの差は開くばかり。
現に、世界一に輝いたピッツァイオーロ・イワサワ率いる、チーム・フィリッポのナポリピッツァを味わった人々は、もうその味を覚えてしまった。
そのため、ピッツェリア(ピッツァ専門店)で中途半端なピッツァを出された日には、思わず無言となってしまうのだ。
人間とは、食への貪欲さゆえに、味に対して正直な反応を示す生き物なのだ。
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