身体の清潔を保つということは、生理学的にも社会学的にも重要であるだけでなく、メンタルにも影響を及ぼす。不潔を好む人は少ないが、仮に本人は不潔オッケーだとしても、周囲の人間は不快な思いをするだろう。そのため皮膚や粘膜が崩壊するだけでなく、対人関係も崩壊し孤立していく。
こんな偉そうなことを言いながらも、家から一歩も出ない日が続けば私も風呂には入らない。よって、身体の清潔は保てていない。
だがそんな私ですら必ずシャワーを浴びるときがある。それは汗をかいた後だ。汗が皮脂や垢などと混じり、それを放置することで皮膚にいる常在菌が分解・酸化し、臭いとなって放たれる。そうなればモテないこと必至。
これを恐れる私は、汗をかいたらすぐにシャワーを浴びなければ気が済まない。にもかかわらず、汗だくになった後に汗を洗い流すことができない状況が訪れた。それは柔術の試合の後、ほどなく飛行機で移動しなければならないシチュエーションだった。
試合後すぐにトイレへ駆け込み、洗面台へ片足を突っ込んで備え付けの石鹸でゴシゴシ洗う。さらに道着の上着を脱ぎ、指先から脇まで入念に水を行き渡らせる。ついでに首や顔まですすいだら、簡易シャワーはとりあえず終了。
肌が露出する部分についての洗浄はできたが、もっとも露出している髪の毛はどうだ。さすがにこの時期、頭を洗面台に突っ込んで冷水でバシャバシャするのはためらう。ドライヤーがあればまだしも、体育館のトイレにその設備はありえないわけで。
(やばい、時間がない)
飛行機に乗り遅れることはできない。とりあえずは羽田空港へ向かいながら考えることにしよう――。
汗で湿った道着を丸めてリュックへ押し込むと、私はダッシュで最寄り駅へと向かった。
*
羽田空港へ向かう電車の中で「羽田空港 シャワー」とググると、なんだあるじゃないか!空港内にシャワールームがある模様。喜んで詳細を開くと、
「現在休業中です」
しかも国際線ターミナルにあるため、第1、第2ターミナルでは利用が難しい。こうなれば空港の案内所で妙案をひねり出すしかない。ということで、真っすぐお姉さんの元を訪れた。
「有料ですが、シャワールームがあります」
待ってました、その回答!ということで、第2ターミナルにある「POWER LOUNGE CENTRAL」へと向かった。
3階の端っこにあるこのラウンジ、当日の搭乗確認に加え、ほぼすべてのクレジットカードでゴールド以上のステータスがあれば無料で利用できる。飲み物は種類豊富で無料、各座席に電源が設置されており、コンセントだけでなくUSBまで用意されている。室内は広々としており開放的、椅子の形状もソファからチェアまで何種類か確認できる。68席が満席になることなどなさそうで、私が入室したときは数名しか見当たらないガランとした空間だった。
おっと、ラウンジ自慢はどうでもいい。今なによりも達成すべき目標は、汗まみれの身体をキレイにすることだ。早速、迎え入れてくれたお姉ちゃんに告げる。
「あの、シャワー使いたいんですが」
「ありがとうございます。シャワールームは30分1,100円からご利用いただけます」
改めて冷静に考えると、30分1,100円でシャワーを浴びるのは高い気もする。だが替えがきかない状況なわけで、ここはゴネる余地などない。かつ、提示したクレジットカードからそのままの決済となり、実質「無料」の気分でシャワールームへと案内されたため、なぜか得した気分になった。
ドアを開けて一言、
「高級ホテルか!」
清潔感と高級感しか存在しない。部屋はモノトーンでシックにまとめられており、シャワーはオーバーヘッドタイプと通常タイプと2種類が設置されている。
そしてアメニティーの充実には目を見張るものがある。シャンプー、コンディショナー、ボディソープは当たり前のこと、ドライヤーやタオル(これも当然か)、コットン、綿棒、ブラシ、歯ブラシ、紙コップ、ティッシュ、椅子、電源が備え付けられている。さらに化粧水、乳液なども受付時に渡されるため、本当にカラダ一つでシャワータイムを満喫することができるのだ。
もう一つ驚いたのは、タンクレスのスタイリッシュなトイレが待ち構えていること。まるで高級ホテルの広いバスルームにいるかのような錯覚を起こす。なるほど、だからこそ30分1,100円なのか――。
鼻歌混じりにオーバーヘッドシャワーに打たれていると、残り時間が10分となったことに気付く。延長料金を払えばこのリラックスタイムは継続できるが、今回の目的はリラックスではない、身体の清潔を保持するためだ。
渋々シャワーを止めると、さっさと着替えてシャワールームを後にした。
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地方在住の柔術家の皆さん、関東の試合に参加の際はぜひ羽田空港のパワーラウンジをご利用あれ。支払った1,100円は、風呂上りのドリンクで十分元が取れるということをお約束しよう。
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