俺はハゲではない

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代打トスンパ、3回目の登場である。

私は奈良県に住んでいるのだが、奈良県では新型コロナに関して、まん延防止措置が適用されていない。

奈良県の荒井知事が、「こんなもんで新規感染者数を抑えられるか!エビデンスがない!」として、頑なに導入を拒否しているためだ。

 

その適否については後世の歴史家が判断するとして、その勇気そのものはとても素晴らしい。

「飲食業界だけをいじめて保身を図るなど、ワシのプライドが許さん!」

といったかどうかは定かではないが、そのような思いで政治的リスクを負っている姿はなかなかの男前である。

 

しかしこの姿勢、一つだけ困ったことがある。

大阪や京都から、まん延防止措置の出ていない奈良県に遠征して酒を呑もうという県外人がとても多いのである。

 

そしてそんなある日、私は家から近くの小さな、こじんまりとした小料理屋で一人、食事をしていた。

目立たない小さな店なので、お客さんは馴染みの人ばかり。

とそこへ、家族4人で車で乗り付けたイキのいいおっさんが勢いよく扉を開けると、

「おいオッサン、4人行けるか~?」

と騒ぎ始めた。

いやお客さん、車で来て何言ってるんだと店主は言うものの、代行で帰るから余計なこと言うなと、当然のように揉め始める。

地元民だけを相手にしているような、田舎の小さな小料理屋では明らかに招かれざる客だ。

ひとしきり揉めたあと、店主は諦めて注文を取り、酒食の提供を始めた。

 

しかし本当の騒ぎはここからだった。

入店から20分ほどもすると、イキのいいオッサンはなにかに腹を立て、アルバイトの若い女性に怒鳴り始めた。

「なんやその商品の置き方は!」

「お前、今$%&’`@やろ!!」

興奮して回らなくなっている舌で、もはや何を言っているのかわからない。

さらに、客数15人も入ればいっぱいの狭い店内に響き渡る声で、「お前じゃ話にならん!店主を呼べ!」とまで言い始める。

いや、店主も目の前におるやんけ。

 

そして店主と若い女性を立たせると、メシの置き方が気に入らない、雰囲気が気に入らないなどギャーギャーとわめき続ける。

その勢いは凄まじく、5分たっても終わる気配がなかった。

他の家族連れのお客さんも青い顔をして、小さな子供も不安そうに泣きそうな顔をしている。

店内の空気は最悪だ。

 

私はぶっちゃけ、喧嘩は弱い。殴られたら多分、ジャイアンに殴られたのび太のように顔面が陥没してしまうだろう。

しかし興奮したオッサンに冷水をかけないと、感情がエスカレートしたアホウは何をするか予測できないくらいにアツくなっていることは明らかだ。

なにより、理不尽に困っている若い女性を放置したら、私自身が自分を許せない。

でも実力で止められるほどの腕力など持ち合わせていない。

そう考えた私は次の瞬間、狭い店内に響く大声でこう叫んだ。

 

「お取り込み中のところ、申し訳ありません!ビールおかわり!あと、俺のタコ唐まだですか!だいぶ待ってるんですけど!」

 

イキの良いおっさんは一瞬ギョッとしてこっちを見る。

そりゃあそうだろう。

我が物顔で店内の空気を支配していたとおもったら、急に無関係のオッサンがビールのお代わりを催促したのだから。

「すみませんね、お代わり飲みたいんですよ~」

「・・・」

一瞬黙り込んだオッサンの態度でフリーズが解けた女性店員は、「申し訳ございません、すぐにお入れします!」とその場を離れ私のジョッキを回収する。

店主も「もうお代は結構ですのでお帰り下さい」と追い出しにかかる。

作戦成功である。

イキの良いおっさんはまだ何かを言いたそうにしていたが、「ふざけんな!こんな店二度とくるか!」と捨て台詞を残し、家族を連れて店を出ていった。

こうして店内に平和が戻ったのであった・・・

 

と思ったら、終わらなかった。

家族を連れ出ていったはずのオッサンが、なぜか5分ほどしてから一人で戻ってきた!!

「おい、そこのハゲ!ちょっと表に出ろ!」

( ´゚д゚`)・・・

 

5分ほどして戻ってきたのは相当意表を突かれたので、私も正直ビビった。

こいつ、思ったよりヤベエやつだ!!

「やだよ、俺ケンカ弱いもん。あとお前今、俺のことハゲって言ったな?このアタマは刈り上げてるだけだ!まだあと5年はいけるわ!!」

緊張が走った店内だったが、別の家族連れが思わず「プッ」と吹き出した。

しかもあろうことか、助け舟を出した女性店員に至っては、明らかに笑いをこらえている。

いや待て、ハゲネタで笑いすぎやろお前ら。

 

「ふふふふふふざけんなぁ!!!!女の前だからって良いカッコしやがって!!!」

「女の前ってこの店員さんのことか?このひとは既婚者じゃ!」

などと無意味な掛け合いをしていると、ますます店主・店員さんが声を上げて笑い始める。

その空気にまた興奮し始めたオッサンは店のドアを蹴り上げ始めた。

あかん、これもう手に負えん。

 

「おいオッサン、ケンカしたいならちょっと待て。今警察呼んでやるから。俺よりも強くてやりがいのある若い子が来てくれるぞ。そこ動くなよ?」

「・・・ふざけんな!ケンカは一人でやっとけ!」

こうして、謎の捨て台詞を吐いてオッサンは、今度こそ本当に帰っていった。

一件落着である。

 

なおこの騒動で、店主や女性店員さんは「おかげさまで助かりました~」というようなことは言ってくれたが、会計はキッチリ1円も負けることなく請求された。

理不尽である。

 

しかしこの騒動、あとから思えば私も余計なことをしたかもしれないと、ちょっと考えを改めている。

あのオッサンの態度や言っていたことを思い返してみれば、もしかして店主や女性店員は、

「一見の客に来てほしくない」

「早く帰れ」

というような接客を露骨に、態度に出していたのではないだろうか。

であれば、あのオッサンの態度も問題ではあるが、店側にもまったく非がないということもないだろう。

そんな中で、オッサンだけを悪として仲裁っぽいことをした私も、実は正しくなかったのではないか。

そんな反省が、今も後味として残っているのであった。

まあだからといって、若い女性店員を怒鳴り上げるようなオッサンなど、つまみ出されて当然なのではあるが。

 

アイキャッチ画像引用:

国土交通省「.トライアル・サウンディングに関する資料 」より

https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/kanminrenkei/content/001349140.pdf

 

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