――3年ぶりに過呼吸に襲われた。
おまけに酸欠まで併発しての、だ。
私は過呼吸マイスターなので、過呼吸をコントロールできるため、焦る必要はない。
息を吐くことに重点をおく。
吸うことより、細く長く吐くことを1~2分続けていると、二酸化炭素が体内に戻り、苦しさは消滅する。
しかし今回は、様子が違った。
まず、吐くこと重視で呼吸を整えても、苦しさが消えないどころか、指先が震えだした。
唇も紫色に変色してきた。
――これは、酸欠だ
なんと私の体は、酸素と二酸化炭素の両方とも不足しているというのか。
さらに、こうなった原因つまり心理的要因が何か、わかっている。
面白いことに、不安要素をチラッとでも考えると、一気に心拍数が上がり、過呼吸が加速する。
しかし、肉のことやお花畑のことをイメージすると、一瞬、食い止められる。
が、またすぐに黒い波に飲み込まれるのだ。
この反応がちょっと面白いので何回か繰り返してみた。
――いやいや、こんなことしてる場合じゃない、ヤバいぞ
さすがに焦った。
なぜなら、無意識の過呼吸ならば呼吸を整えることで制圧できる。
しかし今回は、具体的な不安要素がわかっているため、その事実が消えない(または減少しない)限り、これは続くからだ。
とりあえず、室内の息苦しさを紛らわすために外へ出た。
都会の空だ。
夜中なのに明るい。
そしてすぐさま蚊に刺された、しかも3か所も。
私の血は幼少期からずっと、蚊の間での評判が抜群にイイ。
20階から見下ろす地面は遠い。
落ちたらまず死ぬだろうな、という感想を抱く時点で私が死ぬことはなさそうだ。
しばらくウロウロしたが、苦しさが変わらない。
そこで私は助けを求めた。
助け、というか、だれか人間と話したかった。
深夜3時に起きている人間は少ないので、海外も視野に入れ、何人かに呼びかけてみた。
レスがあった。
その一人の救世主をつかまえて、勝手に心境を吐露した。
毎日が苦しかったし怖かった――
解放してほしいけど奪わないでほしい――
不安解決の具体策はないが、堪えていた本音を吐くことで、過呼吸と酸欠が止まった。
*
目が覚めた。
ずいぶんリアルな夢だった。
呼吸は普通で、指も震えていない。
蚊にも刺されていない。
ーーヨカッタ
リアルな夢を見ると、現実に戻ったとき一瞬、戸惑う。
でもこうして、自分の身に何も起きていないことが確認できると、普通に生きててよかったと思う。
とはいえ、実際に過呼吸+酸欠が起きたら、私はどうすればいいのだろう?
これはリアルに恐怖だ。
ま、起きたら起きたで考えよう。
物理的には、酸素と二酸化炭素が不足しているだけで、およそ2分で体内の両物質は一巡する。よって、2分間、機械的に呼吸を続ければ、両方とも解決できるのだ。
至極単純なことだが、人間だれしもパニックに陥ると冷静さを欠く。
そういう時こそ、メンタル。
最高の笑顔で平気なフリを装うことで、過呼吸も酸欠も制圧できる。
ーー私は米国初の女性大統領、取り乱したら恥ずかしい
そう思い込むことで、不思議と発作は収まる。
そして、冷静なフリをしていると呼吸も自然と落ち着き、心拍数も下がる。
とびきりの笑顔を磨きつつ、呼吸とメンタルを整える最高の方法が「演じること」だ。
いざと言う時、絶大な効果を発揮するからお試しあれ。
*
しかし個人的な考えとしては、そういう苦しい状況を楽しむ、という手もあると思っている。
なぜなら、過呼吸ごときでは死なない。
ぜったいに、死なない。
それが分かっていたら、その苦しい状況を楽しむことができる。
私は、骨折や靭帯断裂したとき、激痛の反面、生きている確認ができたことに喜びを感じる。
過呼吸や酸欠も、恐れることはない。
地球上には今のところ、あふれんばかりの空気が存在する。
ゆっくりと、数分から数十分、その死ぬほど苦しい状況を楽しむのはどうだろうか。
死ぬかもしれない、という恐怖と戦いながら過ごすことなど、日常生活ではめったにできない経験なわけで。
――私なら楽しむ
苦しみ、恐怖に怯え、助けを乞う哀れな自分を、楽しむ。
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