繰り返す絶命

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(あー、あと一分で息が吸えなくなる)

これは予知能力でもなんでもない、長年の経験からくる「呼吸終了」の前兆を察知しただけだ。不思議なもので具体的な症状があるわけではないのだが、確実にカウントダウンが始まる。そしてウロウロしようがジタバタしようが、はたまたジッとしていようが、タイムリミットになると気管が閉じるのだ。

 

咳喘息との付き合いは15年ほどになるが、未だかつてステロイド吸入薬を使わずに乗り越えたことは一度もない。どう頑張っても打ち勝つことができず、また、事前に察知できてもその流れを止めることができないのが咳喘息。そして今回、一週間前からこうなることは分かっていた。もっと言うと、唇が脱皮したあたりから咳喘息の兆しがあった。

だが、どれだけ睡眠をとろうが安静を保とうが、迫りくる津波は止められない。ゆっくりと着実に近づいてくるのだ。

 

それでも毎度懲りずに思うのは、

「今回こそ、乗り越えられるかもしれない」

という浅はかな思い上がりだ。この発作のトリガーが何なのかは分からないが、非常に大きな「なにか」であることは間違いないわけで、自然の力に抗おうとすること自体が傲慢でいただけない。しかし人間とは愚かな生き物ゆえ、喉元過ぎれば熱さを忘れる。久しぶりの咳喘息に、私はつい愚かな希望を抱いてしまった。

――何も起きないかもしれない。

 

そして一分が経ったころ、やはり息が吸えなくなっていた。こうなるまでに、まずは咳込んで止まらなくなるフェーズが訪れる。この時の「咳」というのが、くしゃみに近い咳であるのが特徴。といっても、くしゃみのように止められるものではなく、ただただ連続して込み上げる「恐ろしい自然現象」といった感じだが。

くしゃみのように勢いよく吐き出す咳が連続で起こるということは、すなわち息が吸えないことを意味する。吸いたくても強制的に吐き続ける呼気、吐いて、吐いて、吐いて――。それでも隙をみつけてスッと吸った瞬間、気道を抜ける間もなく咳として押し戻される酸素たち。

もう何も吐き出すものなどないにもかかわらず、私の気管は狂ったように空気を排出し続ける。目からは涙が、鼻からは鼻水が、口からは魂の抜け殻のような空気が、カサカサに押しつぶされながらも絞り出されるのだ。

 

(・・もうダメかも)

 

このまま息が吸えなければいずれ意識を失うだろう。だが心配するなかれ、私はいま一人ではない。派手に卒倒すればその音で誰かが気づいてくれるだろう。もしも気づかれなくても、5分か10分経てばきっと見つけてくれるだろう。最悪、30分ほど放置されたら死んだ私を見つけてくれるだろう。

 

ここで命が絶えても悔いはないか?――自分自身に問いかける。

(悔いはない、死んでもいい)

よし、問題ない。私は天寿を全うしたのだ。

 

 

覚悟を決めた時に限って私は生きている。苦痛に加え、涙と鼻水と唾液でぐしゃぐしゃに汚れた醜い面をさげて生きている。そしてぺったんこにくっ付いた気道に、僅かな隙間が現れた。

(辛うじて息が吸える・・・)

欲深い私は、まだ生きようとしている。

 

サムネイル by 希鳳

 

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