本日は所用で遠出をした。
久々に多くの人間と会うので、気合いを入れてチョイスした衣装に身を包み家を出る。ところが駅の鏡で自分を見た瞬間、それはそれは立派な武蔵坊弁慶が立っているではないか。
何がよくないのかといえば「首飾り」だ。数珠を大きくしたような丸い木の玉が連なる首飾りが、山伏の梵天(ぼんてん)を連想させる。さらに着ているワンピースもよくない。ダボッとしたフォルムが、山伏の衣装に見えなくもない。山伏の衣装に梵天、さらに裾から二本の太い脚がニョキッと生えていれば、それは山伏以外に例えようがない。
(だが今日は山伏でもいい)
そう。今日に限っていえば「山伏」はまんざらでもない。なぜならここ最近、仕事や睡眠のBGMとして「古事記」を聞き流してきたのだが、
「とよあしはらのちあきのながいほあきのみずほのくに」
だの
「まさかつあかつかちはやひやねのおしほみみのみこと」
だの、ほぼ呪文にしか聞こえないネーミングを繰り返し聞かされるうちに、私にも神が宿ったように思い始めたのだ。そしてその神がお姿を現した結果として、山伏のいでたちとなったのだ。
そう思えば得心が行く。
*
弁慶は関所へたどり着いた。事前に通行手形を入手することができなかったため、当日手形を購入するしかない。門の向こう側には、待ち合わせの相手である牛若丸の姿が見える。
「我に通行手形を与え給へ!」
弁慶は、関所の役人である富樫に向かってそう告げた。すると富樫は、
「ならば12,100円払え」
と金額を提示した。しかし弁慶、そのような大金を持ち合わせていない。山賊に襲われた際の「命乞い」のために、一万円札を小さく折りたたんで胸に忍ばせてはいるが、そのほかには現金もキャッシュカードも持っていない。なぜなら、日頃から財布というものを持ち歩かない習性だからだ。
乗り物で移動するときも、飯を食うときも、金が必要なときはスマホ決済でどうにかなる。そんな世の中だからこそ、現金など「万が一のお守り代わり」の価値しかないと、弁慶は考えている。
「残念ながら現金は一万円しか持っておらぬ。どうしたらよいか」
堂々と自身の所持金を開示する。
「知らぬ。去れ!」
富樫は無表情のまま、弁慶をしっしと追い払った。
「なんたる無礼!我は金がないのではない、金ならばスマホの中にいくらでもある!現金がないだけなのだ」
怒りに震えながら弁慶は言い返す。すると富樫は静かに弁慶へ目をやると、
「ならば他人から借りてこい」
そう冷たく言い放った。
関所の向こうには、上司である牛若丸がイライラした様子で待ちわびている。どうにかしてここを突破しなければならないが、いかんせん所持金が足りない。しかも富樫という男がくせ者ゆえ、一筋縄にはいかない様子。そこで弁慶はオロオロしながら富樫へこう質問した。
「富樫殿、そこをなんとかしてはもらえぬか?まさか通行手形がこんなにも値上がりしているとは、夢にも思わなかったのだ」
すると富樫は、もはやこちらを見ようともせずに奥へと消えていった。
(ぐぬぬ・・・)
万事休すーー。うなだれ崩れ落ちる弁慶。とその時、突然ポンと肩を叩かれ顔をあげると、なんとそこには上司・牛若丸の姿があった。
「どうした、いくら足りないのじゃ?」
さすが源義朝の子、機転が利くし金も持っている。不足分を自らの財布からサッと取りだすと、富樫の懐へとねじ込んだ。それと引き換えに、富樫は通行手形をひらりと投げつけてきた。
この失敗を教訓に、弁慶は二度と現金不携帯をせぬよう、牛若丸に自分の財布を預けることを決意したのだった。
*
その日の牛若丸はキレッキレにキレていた。橋の欄干(らんかん)ならぬライトアップされたステージ上を颯爽と歩き、クルッと回り、派手なポーズを決め、敵のみならず審査員の武将たちまでをも圧倒した。
その結果、並み居る強敵を蹴散らし「3位」という輝かし順位を勝ち取った。いやはや驚いたのなんの。今回の戦(いくさ)は正直、苦戦を強いられるはずだった。血眼で勝利をもぎ取るべく、全国から腕に覚えのある武将らが集まったのだから無理もない。
用心棒である弁慶も、今回ばかりは牛若丸を助けることは不可能だと、半ば諦めていた。
だがそんな外野の心配をよそに、牛若丸は見事に敵を撃破し、己の手で勝機を掴み取ったのだ。さらにその先へと続く「全国区の戦い」へと、駒を進める快挙を成し遂げたのだった。
戦が終わると、主犯格の武将から「サッシュ(飾帯)」なるものを掛けられ、まるでナポレオンのような立派な軍人となった牛若丸。
次なる目標は全国制覇、いや、その前に地方で完全勝利を挙げてからでも悪くはないなーー。
*
こんな縁起のいい結末になるとは、ここ数日の「古事記効果」と本日の衣装である「山伏の魔力」が、多少なりとも影響したのだと信じたい。
否、どれもこれも「牛若丸の実力」というやつだ。
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