弁当権の行使

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勉強嫌いなわたしは、授業を受けるのが苦痛でしょうがなかった。その名残は今もなお健在で、勉強会やシンポジウム、セミナー、ワークショップなどに参加しなければならないとなると、それが決まった時点で気分がどんよりと沈むのだ。

だが、いい年をした社会人がそんなわがままを言っている場合ではないので、渋々でもなんでも会場へ向かわなければならない。そこでわたしは、それらの会合に参加する際には”ちょっとした目標”を設定することにした。

その目標とは、「弁当と飲み物を、人より多く手に入れる」というものである。

 

 

冷やかしついでに申し込みをした、とある学術フォーラム。研究者たちの英知が集う場であり、日本の未来を担うアイディアや開発に触れることができるとあり、当然ながら参加費もそれなりに高い。

そして、学問や勉強事に興味も関心もないわたしは、申し込みの時点ですでに目標を定めていた——そう、参加費の元をとるべく「全種類の弁当を制覇する」というミッションを掲げたのだ。

 

アカデミックな集まりというのは、えてして弁当をケチりやすい傾向にある。これがもしも、食に関する研究会や飲食系の企業がスポンサードするランチョンセミナーならば、宣伝目的で弁当に力を入れるだろうが、そうではない分野においてはほぼ期待はできない。

ちなみに、医療業界のシンポジウムでは、参加費は超高額だが製薬会社などのスポンサー企業が提供するノベルティグッズが豊富なため、それらを大量に持ち帰ることでなんとなく満足を得られる。さらに、弁当もそれなりのところ——老舗料亭や高級仕出し弁当店などの、二段御膳や高級食材が詰め込まれたものが出るケースもあり、とりあえずそこで元をとることに専念するのである。

 

だが今回のフォーラムは、工学・情報学系の研究会のため、もっとも弁当に期待が持てない分野といっても過言ではない。しかしながら、3か所で開催されるランチョンセミナーに目をやると、奇しくも大企業がスポンサーとして名を轟かせているではないか——これはワンチャン、あるかもしれない。

通常であればあり得ないが、まさかの”ランチョンセミナーごとに弁当が違う”というケースを疑ったわたしは、言うまでもなくゴールドスポンサーが開催するセミナーに・・正確には、セミナーの弁当にロックオンした。

(どんな弁当かは分からないが、大企業の名に懸けて恥ずかしいレベルではないはずだ)

 

そしていよいよ、当日を迎えたのである。

 

 

まずは受付にて、「どうしても、すべての企業のランチョンセミナーに参加したい!」とゴネてはみたものの、当然ながら「お弁当の引換券は一枚しかお渡しできませんが、会場はご自由に移動してもらって構いません」と、見透かされたかのように軽くあしらわれた。

まぁここまでは想定内のため、とりあえずゴールドスポンサーの弁当券を手に入れると、強行突破が可能かどうかを探る作戦に出た。ランチョンセミナーの会場は、それぞれ隣り合う形で設置されており、各入口には弁当と引き換えにチケットを受け取る係が立っている。いずれも軟弱そうな男子なので、こちらが本気で圧をかければ奪えなくもないが、その後、警察へ通報されたりするとバツが悪い・・ということは、引換券を3枚手に入れるしかないわけだ。

 

あらためて受付に戻ったところ、案の定、先ほどの担当者が弁当のチケットを見張っていた。やはり一筋縄ではいかないか——と、次の策を練っていたところ、ちょうどいいタイミングで関係者が受付担当に話しかけたではないか!

(キターーッ!!千載一遇のチャンス到来)

わたしは瞬間的に気配を消すと、何食わぬ顔でシルバースポンサー二社の弁当チケットを引き抜いた。——よし、ついにやったぞ。弁当3個ゲットだぜ!

 

余談だが、受付の向かいにある「一人一本を目安に」と書かれた張り紙の前には、大量の飲み物が並べられてあった。”目安”というのはあくまで目安なので、人一倍喉が渇くわたしは両手いっぱいにペットボトルを抱えると、「熱中症対策のためにも、水分補給を怠ってはならない」とブツブツ呟きながらその場を去った。

 

そんなこんなで、ついに弁当3個の権利を手に入れたわたしは、まずは一つ目の弁当を受け取り、颯爽とセミナー会場へと入って行った。ところが・・というか予想通りというか、弁当は思いのほか小さかった。しかも米の量が少ないではないか。おまけに、わたしが食べられない形状の肉がメインのおかずとして幅を利かせており、これでは参加費の元を取るどころの話ではない——。

しかも、こちらも当然といえば当然だが、いずれの会場においても弁当は同じだった。つまり、わたしは弁当3個の権利を有しているが、それを行使する必要、もとい意味がない・・という残酷な現実を突き付けられたわけだ。

 

(こうなったら、どにかして飲み物で回収するしか・・)

 

せっかくアカデミックな会合に参加しているというのに、新たな知識を身につけるとか研究発表に耳を傾けるとか、本来ならばそこで「元を取る」と考えるべきところを、食べ物や飲み物で回収しようとするあたりが、勉強嫌いというよりむしろ”追い剝ぎ”の本質なのだろう。

そんなことを思いながら、無駄になった弁当券二枚を握りしめつつ、鼻息荒く飲み物のコーナーへ突進するわたしなのであった。

 

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