昨日、"睡眠の秋を満喫しようと早寝してみたが、結局眠れずに朝を迎えた話"を綴ったわけだが、改めて今日その原因がはっきりとした。それが何かというと、わたしは今"不眠のターン"に陥っているのである。
そもそも睡眠時間が短いわたしにとって、裏を返せば睡眠時間は超貴重ということになる。短時間だからこそしっかりと眠りたいわけで、それがゼロになってしまったのでは元も子もない。
というわけで、短いこととゼロであることが異なるのは言うまでもないが、なんとかして眠ろうにも脳はフル回転を続け、ある種の覚醒状態にいるのだ。
このどうしようもない不眠ターンは、何か月かに一度やってくる厄介な生理現象で、睡眠導入剤をも無効化する強力なパワーを持っている。そして明らかに、精神的なものではなく生理的な周期をもって巡ってくるのである。
(あぁ、選挙にイラついて眠れなかったんじゃないんだ・・・)
昨日に続き今日も午前二時過ぎには布団へ潜り込んだところ、目は冴えわたり脳は活発に動き、眠るどころか今すぐ全力疾走できるほどの勢いを抱えていた。無論、なにか特定のことを考えたり悩んだりしているわけではなく、わたしの脳は勝手にあらゆる事象へ触手を伸ばし、その可能性とイメージを無限に広げるわけで——。
よく、「眠れなくてもいいから、目を閉じてジッとしていることで身体を休ませることができる」というが、たしかにその通りだと思う反面、翌朝に課題が待ち構えている場合は、先にそちらを済ませてしまうのも一つの手だと考えているわたし。なぜなら、未来の作業を先に済ませることで、若干なりとも疲労がたまり眠くなるかもしれないからだ——なんていうほどハードな作業が、このわたしに委ねられるはずもないのだが——。
そして実際に、未来の作業に着手するも眠気は訪れない。そうこうするうちにブラインドの隙間から薄明るい光が滲んできて、寝損ねたわたしを嘲笑うかのようにカラスが叫び始めるのである。
(・・結局、朝になってしまった)
不眠ターンの期間中、わたしの睡眠時間はとんでもない短さとなる。極端な例を挙げると24時間中1秒も寝ないわけで、かといってその翌日に眠くなることもないのだから、全くもって"困ったちゃん"なのだ。
とはいえ、体にネガティブな影響はなく、疲れやすくなるとか動きが鈍くなるとかいうこともない。食欲も旺盛で(これはいつものことだから、不眠ターンかどうかは関係ないが)思考回路もビンビンに開通している。さらに、クマや顔色の悪さなど見た目に関する不眠の後遺症が現れることもないので、結局のところわたしが不眠ターンに陥っていることを伝えない限り、まさか一秒も眠っていないなどとは誰も思わないのである。
しかしながら、体に不調が現れないからといって「絶好調!」とは言い切れない自分がいるのも事実。どこにどんな不満があるのかと言われても困るが、やはり人間というものは睡眠が不可欠であり、それを自発的だろうが強制的だろうが奪われてしまうと、気分は優れないものなのだ。
だからといって、テンションが下がることも物ごとへの興味が薄れることもなく、ただなんとなく「どうせなら眠りたいなぁ」とぼんやり思うくらいで——。
「ほっとかれたら何時間でも寝れる!」と豪語する友人がいるが、彼は睡眠時間が長いことを残念に思っている。ショートスリーパーならばもっと色んなことができるのに、彼にとって必要最低限の睡眠時間が長いことで、それらの機会を失っていると考えているからだ。
だがわたしはそうは思わない。現にわたしが、こうして睡眠不足な状態で「なんらかの不満」を感じているのだから、表面上の不調が確認できなくても微細な不具合が生じていると考えるのが自然。
さらに、人間にとっての満足や幸福というのは数値化できるものではない。ショートスリーパーの活動時間が長いからといって、それが必ずしも満足や幸福につながるとは思えないわけで、生理学的な活動や反応を素直に受け入れた上で、睡眠も含めた24時間を過ごすのが自然かつあるべき姿なのだ。
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とかなんとか"もっともらしい御託"を並べてはみたが、それでも睡魔は襲ってこない。それにしても、精神的・身体的な不調ではなく「なんとなく不満」が募る不眠ターンなど、早く終わればいいのに・・と、ため息をつく早朝なのであった。
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