短期間で楽しく痩せたい——アナタの野望、確実に叶えます。

Pocket

 

(・・・うぅむ、柔術恐るべし)

更衣室の体重計に乗りながら、思わず声が漏れるのであった。

 

 

はっきり言って、わたしは数日前まで太っていた。そりゃそうだ、およそ一ヶ月のあいだ、躊躇することなく食べ続けたのだから太らないほうがおかしい。さらに、飲み食いしたカロリーを消費できるほどの運動をしなかったため、カロリー過多に陥るのは火を見るよりも明らか。

ではなぜ、そんな無謀な飲食を繰り返していたのかというと、ワールドマスター柔術選手権の優勝黒帯昇格といった、個人的な慶事に対する友人らからの祝いの品が連日届いたことが原因。しかも、「祝辞などどうでもいいから、食べ物で示してくれ」などと偉そうに突っぱねたことで、気のいい友人らはこぞって"自身が選ぶとっておきの菓子や食い物"を与えてくれたのだ。

 

そしてそれらは、ほとんどが生ものであり賞味期限までの日数が短い。とどのつまりは、胃袋が許す限り食べきらなければならない・・という、フードファイターとしての使命を果たすべき状況に追いやられたのである。

その結果、下を向けば思わず「うぅ」と声が漏れるほど、まるで臨月の妊婦であるかのような腹部の膨張と突出を完成させてしまったわけだ。

 

このフォルムは、ただ単に見た目に問題があるだけではなく、柔術の練習にも大いに悪影響を及ぼした。そう・・わたしは初めて「腹が出ていると、想像以上に動きに制限をかけてしまう」ということを、身をもって知ったのである。

「ご、ごめん・・苦しい」

相手に押さえられただけで、腹部への圧迫の苦しさによりタップをしなければならない・・なんて、こんなひどい柔術はあり得ない。おまけに、痩せても枯れても黒帯の端くれの分際で、"強烈な押さえ込み"や"四の字ロックによる腹部締め"といった特殊な攻撃ではなく、ただ単に覆いかぶさるだけ・・しかもガードの状態を維持しているにもかかわらず、タップするのだからこの上ない恥さらしといえる。

 

だがこの時、わたしはデブ・・いや、腹が出ているオジサンらの苦しみを知ることができた。

今までは「休んでんじゃねぇよ!」「苦しいフリしてんじゃねぇよ!」などと、スパーリングの最中に苦しそうにしている男性陣に向かって罵声を浴びせていた。しかしながら、自身の腹が一回りも二回りもデカくなったことで、彼らの苦痛に共感することができたのだ——あぁ、アイツらはこの苦しさに悶えていたのか。ひどいことを言ってしまい、申し訳なかったな。

 

そんなこんなでデブまっしぐらのわたしは、それでも食べることを止めなかった。正確には「止めることが許されなかった」のである。当然ながらフォルムはどんどん樽(タル)化し、体重は数字を見ることが憚られるほど増えていった。

(このままではマズイ・・色んな意味で終わっている)

そこでわたしは考えた。食べる量を減らさずにフォルムを整えるには、食べたカロリーを消費できるだけの運動をするしかない・・と。

これは文字にすると当たり前だが、実行するとなるとかなり難しい行為である。たとえば2時間ほど軽く泳いだり走ったりしたところで、期待するほどのカロリー消費は望めない。おまけに毎日二時間、ずっと泳ぎ続けたり走り続けたりするのは、体力云々以前に社会人として難しい可能性がある。

 

・・このような無理難題を、いとも簡単にクリアしてしまう運動が"ブラジリアン柔術"である。

柔術に限らず対人競技というのは、相手がいてこそ成立するスポーツなので、一人で行う競技よりも手を抜くことができない。中には早々に諦めてしまう者もいるが、ほとんどの場合は「なんとか5分間、動き続けよう」という意思を持ってスパーリングに挑むため、勝ち負けにこだわらず常に全力疾走できるのだ。

おまけに、老若男女問わず色々な相手と組めるので、技の掛け合いや独特なムーブを楽しむことができる。これはつまり、ある種のコミュニケーションを意味する。自分のことばかり考えていると、いとも簡単にやられたり自他共に怪我のリスクが増えたりするが、相手の動きや狙いを観察しながら自身の動きを選択する・・という双方向性が必須だからこそ、油断も手加減も許されないわけで。

 

そんなこんなでここ四日間、わたしは膨満感に耐えながらも必死にスパーリングを繰り返した。時には「腹部の圧迫による降参」といった、周囲が騒然となる謎タップを連発しながらも、妥協することなく目一杯動き続けた。

その結果・・見事に体重を戻すことに成功したのだ。四日間でおよそ4キロの減量と、腹部の膨らみがが若干減ったであろうわたしは、小躍りしながらおむすびを頬張るのであった。

 

(よし、これでまた好きなものを好きなだけ食えるぞ!!)

 

 

食欲を我慢するなど、愚か者のすることである。食べたら食べただけ動けばいい。しかも、時間も場所も費用も負担が少ないブラジリアン柔術は、まさにダイエットにうってつけの運動といえる。

加えて、一人で黙々と取り組むつまらなさは皆無な上に、言葉を発せずともコミュニケーションが図れる楽しさは、柔術以外の対人競技では体験できないのではなかろうか。

 

短期間で楽しみながら痩せたい——そんな無理難題を抱えている者は、いますぐ最寄りの柔術ジムへ入会届を出そうじゃないか。

 

Illustrated by 希鳳

Pocket