久しぶりに、JR駅構内にあるそば屋に入った。
次の予定まで30分ほど時間があるが、移動時間を鑑みると駅から離れないほうがいい。この辺りで何か食べられないものかと、周囲をキョロキョロ見回す。
人と会う前に短時間で済ませる食事の条件として、まずは、注文してすぐに出来上がるものでなければならない。さらに、サッと食べられて、臭いが残らないものでなければならない。
この条件をクリアするものといえば、立ち食いそばだろう。
狭い店内を覗くと、多くのビジネスマンやフリーターが横並びになって、一分一秒を争うかの如く猛スピードでそばを掻っ込んでいる。
客の9割方が男性だが、よく見ると一人だけ老婆も参戦している。さすがに時間に余裕があるらしく、背中を丸めてゆっくりと味わう姿に、人生の先輩としての余裕を感じた。
そんな強者どもの集まりに、素人であるわたしが突撃するわけだ。
とはいえ、そばを食う誰もが「限られた時間の中で食事を済ませよう」という目的を持った者ばかりなので、そういう意味ではわたしも「同志」であることに違いはないのだが。
さっそく入り口で食券を買う。オーソドックスな「かけそば」に、生卵とわかめをトッピング。
大した額ではないだろうが、合計金額がいくらだったのかは覚えていない。なぜなら、電子マネーをピッとやっただけだからだ。
そしてこれこそが、現代の恐ろしい罠である。わたしが毎月、クレカの明細を見ては「詐欺にあった!」と騒ぎ立てる理由は、この電子マネーにあるのだから。
とりあえず食券をお姉さんに渡すと、席を確保するべく店内を移動。
今日は荷物が多いので厄介だ。さすがにこの店の狭さでは、荷物置き場など用意されていない。よって、カバンを足の間に挟んだ状態で食べるしかない。
だがそれもまた、都会人ならではのオツな食べ方といえるだろう。分刻みでスケジュールが組まれている、仕事のできるオンナといった感じで悪くないからだ。
こうしてわたしは、「ご自由にお取りください」と書かれた冷水のピッチャーを傾けながら、今夜の予定について考えていた。
「・・・かたぁ、かけそば生卵わかめのかたぁ」
さっきからずっと、お姉さんが誰かを呼んでいると思っていたら、それはどうやらわたしが注文したそばだった。
食券を渡してから店内を何歩か歩いて、空いているテーブルの前に立ちコップに水を注いだだけの短時間で、わたしのそばが出来上がったのだ。
(まさか、誰かの注文ミスを押し付けられたのではなかろうか?)
そんな下衆い考えが浮かぶクズ人間だが、目の前に置かれた「かけそば生卵わかめ」のどんぶりをいそいそと受け取る。
すると、隣りに立っていたオッサンも、すかさず出てきたどんぶりを手に取ると席へと去って行った。
(なるほど。このそば屋は食券を渡したらその場で待機し、出来上がったそばを持って席に着く仕組みなのか・・)
あの丸亀製麺ですら、もっと時間はかかるだろう。とにかく、こんな短時間でそばが出てくるとはまさかの驚きであった。
なお、客同士の間には透明なアクリル板が設置されているため、知り合い同士で入店したとしても会話はしにくい。
そんな静寂な環境も後押しし、店内はそばを啜る音だけが響いていた。
しばらく観察していると、ものの2分でそばを食べきったサラリーマンが、空の器を返却棚に置くと、そのまま改札へと消えていった。
(・・・カッコイイ)
まさに時間との闘いである。パンケーキならばこうはいかない。ハンバーガーでも、コーラで送り込みまなければ早食いはできない。
その点、そばはつゆがセットのため、ずずっと啜ればあっという間に食道を通過する。
だが同じ汁系といえども、ラーメンの場合はこうもいかない。やはりスープが熱いことと、麺の量が多いことが影響するのだ。
さらに豚骨や魚介類など、豊富なダシが放つニオイも気になるところ。
こういった観点からも、打ち合わせ前の短時間でササっと小腹を満たすには、そばこそが持ってこいのチョイスなのだ
こうして、サラリーマンに負けず劣らず素早く完食したわたしは、店を出てしばらくするとあることに気がついた。
(やばっ!ネギを大量に食べてしまった・・)
口から漂うネギ臭は、歯磨きをしたところで消えそうにない。
こんな時こそ、いま流行りの「マスク」の本領発揮である。
そこでわたしは、そば屋の数軒先にあるドラッグストアでマスクを購入してから、目的地へと向かったのであった。
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