ケバブ屋の奇跡  URABE/著

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いつも空いてるケバブ屋が、今日はなぜか混んでいた。土曜日の夕方だから?それとも夏の終わりだからか?

まさかの行列が、店の入り口から歩道に溢れるまでつながっており、遠目にもその様子がうかがえた。

 

一瞬、何か事件でも起きたのかと焦ったが、列を作る客たちは皆、ぼーっとスマホをいじっている。よって、店内では何も起きていないことが分かった。

(ケバブ買うのに列に並ぶのか・・)

サッと行ってサッと買えるのが、近所のケバブ屋のいいところである。わざわざ行列を作ってまで買うほどのものではない。

 

とはいえ、この方向にはケバブ屋と川と工事現場しかない。いくらか歩いてきてしまった労力を考えると、すごすご引き返すわけにもいかないのだ。

やむなく、わたしも列の最後尾についた。

 

しかしさっきから、わたしの目の前に邪魔な男が立っている。毛むくじゃらの犬を抱いたまま、ケバブ屋の入り口付近に突っ立っているのだ。

わたしが列に並んでもその男はどかない。店頭でゆっくりと回転しているケバブを、抱いている犬に見せているようだ。

 

(衛生上よくないから、犬を食い物の近くに持ってくるな!)

 

わたしも愛犬家の端くれ。美味そうな肉の塊がジリジリとローストされている様子を、ワンコに見せてあげたい気持ちは分かる。

だがここは人間の世界。犬には犬の作法があるように、人間には人間のマナーやエチケットが存在するのだ。そこを履き違えるからこそ、ペットが恨まれるような事態に発展するのだ。

とにかく、さっさとそこをどいてくれ!

 

イライラしながら飼い主の後頭部を睨みつけていると、店内から数人の客が退出し、ちょうどわたしまでが中へ入れることになった。

(フン!どいたどいた!)

犬を抱いた男の脇をすり抜けて、わたしは意気揚々とケバブ屋へ入って行った。

 

数分後、わたしの前の客が支払いを済ませて店を出た。いよいよわたしの「キャベツケバブ大盛り」を注文する番が回ってきたのだ。

とそこへ突然、あの飼い主野郎が入り口から顔を覗かせて、店員に何か話しかけているではないか!!

 

マナー違反にもほどがある。日本人たるもの、おとなしく列に並んで配給を受け取ることこそが美徳。欲しがりません勝つまでは、だろうが!

 

しかしよくよく会話を盗み聞きすると、どうやらこの飼い主は、ずいぶん前から順番が来るのを待っていたらしい。

しかし犬を連れているため、店内には入れない。そこで、客が途切れるのを今か今かと狙っていた様子。

(なんと!ジェントルマンだったのか)

先ほどの暴言は撤回しよう。しかも偶然にも、わたしと同じ「キャベツケバブ大盛り」を注文しているではないか。

 

これもなにかの縁。犬好きに悪い奴はいないと聞く。これまでの無礼は水に流してやろう。

 

トルコ人の店員が、ついでにわたしのオーダーも聞いてきた。

ちなみにこの兄ちゃんは、わたしがキャベツケバブを注文すると分かっている。なぜなら毎回、この店にはこの兄ちゃんしかおらず、わたしはすでに顔パスの常連客だからだ。

 

トルコ人は慣れた手つきで容器を二つ並べると、大きなトングでキャベツを挟み、それぞれの器へと押し込んだ。すかさず、ミックスソースでキャベツを埋め尽くす。

つづいて、4升の業務用炊飯器で保温されているケバブをガッサリ掴むと、キャベツの上にまんべんなく並べる。と同時に、ミックスソースを素早く撒いた。

さらにもう一度、キャベツをケバブの上に押し付けたら完成。

 

ところがわたしは、トルコ人の兄ちゃんが適当にケバブを盛りつけたせいで、片方の容器は山盛りのケバブとなっていることに気がついた。

おそらく飼い主も気づいただろう。

 

最後にキャベツを積んだため、見た目はそこまで変わらない。だが明らかに、右側のケバブが多いという事実を見逃さなかった。

 

わたしと飼い主との間に、緊張が走る。

 

店員は我々の目の前にケバブを並べると、容器とセットのフタをかぶせてテープでとめた。

先にフタをしたのが、ケバブが明らかに多いほうである。そしてそれは、わたしの近くに置かれた。

 

この場合、もしも注文順に支払いが行われるならば、先にフタをしたケバブが飼い主の元へいく。それを阻止すべく、わたしはすぐさま支払いができるようにPayPayを起動させた。

するとその瞬間、飼い主がポケットから千円札を取り出し、テーブルに置いたのだ!

 

(しまった!!!)

 

わたしも必死にPayPayの画面をアピールするが、やはり現金の威力には敵わない。トルコ人の目も千円札に向いている。

 

たしかに、この飼い主はわたしよりも先に店で順番を待っていた。犬を連れているため入店できない事情から、客がいなくなるのをじっと待っていたのだ。

だがなぜか今日に限って続々と客が訪れ、飼い主は焦った。わたしも焦ったのだから、その気持ちはわかる。

そしてついにしびれを切らした飼い主は、わたしが注文する直前で割り込んできたのである。しかも、わたしと同じキャベツケバブ大盛りを頼むために――。

 

これも何かの因果だろう。

どうせならこの超大盛りケバブがほしかった。だがわたしは、順番を守る日本人の代表格だからこそ、先に店に到着していた飼い主に譲らねばなるまい。

 

勝ち誇った表情で300円のお釣りを受け取る飼い主を、忌々しい目で見つめるわたし。

(あきらめも肝心だ。きっと、大盛りのケバブは脂身ばかりで美味くないはずだ)

最後まで、悔し紛れの恨み節を吐いた。

 

――そのとき、奇跡が起きた。

 

トルコ人は、後からフタをしたケバブを飼い主に手渡したのだ。たしかにそっちのほうが飼い主に近い場所へ置かれていたので、距離的には自然である。

というより、レジからお釣りを出す作業をするうちに、先にフタをしたのがどっちかなど、忘れてしまったのだろう。

 

――勝った。。

 

わたしは静かに天を仰いだ。そこにあるのは、油と煙りで薄黒く汚れた、みすぼらしい天井だった。(了)

 

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