労働法という古い法律を変えなければならない時期に来ているのは、わたしが社労士だから感じることである。
だが、日常生活を送っていて労働法以上に改正が必要な法律といえば、公職選挙法以外ありえない。
あれはなんだ?なぜバカみたいに自分の政党や名前を連呼しまくるんだ?
騒音以外のなにもでもなく、不快感と殺意しか与えていないことに、当事者は気付いていないのか?
あんな迷惑行為を繰り返すのなら、まだ街宣車のほうがマシだ。
その理由は、うるささは街宣右翼も負けてないが、聞いていてツッコミどころ満載で面白いのはこちらの方だからだ。
日曜日の赤坂や霞が関など、茶番とコントのオンパレードが繰り広げられている。
「おい二階、聞いてるかコラ!隠れてないで出て来い!」
もはやこれだけで大爆笑。
二階先生は内心、隠れたいし逃げたいだろう。だがあいにく日曜日は、霞が関にはいらっしゃらないはず。
それを承知でまくし立てているのだから。
これに比べて選挙カーは、候補者の名前を繰り返し連呼したあげく、たまに
「蓮舫代表も応援に駆けつけてくれました!」
などと、知名度のある人間を出せば関心を持ってもらえるという、大きな勘違いと低レベルな選挙運動を未だに続けている。
仕事をしていようが、ピアノを弾いていようが、寝ていようが、わたしの時間を確実に的確に阻害する選挙カーが許せない。
ましてや口先だけでなんの責任も果たさない、厚顔無恥な人間の詭弁など、1秒たりとも聞きたくはない。
ーー犬が吠える。赤ちゃんが泣く。
都民に対して、迷惑と嫌悪感以外に何を与えているというのか。
*
公職選挙法第141条の3を簡略化すると、こうなる。
「選挙カーの上では選挙運動をしてはならない。ただし停車中はOK。ちなみに、動いてる車から(名前などを)連呼するのもOK」
これを聞いて「え?」とならないだろうか。
停車している選挙カーならば選挙運動をしてもよくて、動いている車では禁止。その代わり、名前や短い文言を繰り返し連呼することは許す。
ーーまったく理解できない。
今のご時世、DXだの三密回避だの、新たな生活様式や社会活動の在り方へとシフトチェンジしつつある。
それがなぜ、選挙運動だけが旧態依然と無意味で無価値な方法を踏襲しているのだろうか。
我々の税金から捻出される拡声器や自動車を使用し、大声で名前を連呼して走り回るーー。
こういう行為を見聞きして、
「あぁ素晴らしい人だ。この人に投票しよう」
とはならないことくらい、分からないものだろうか。
なぜあえて嫌われるような行為を堂々と繰り返すのか、理解に苦しむ。
*
自宅に届いた「選挙のお知らせ」も茶番だ。
中身は「投票所入場整理券」「選挙のご案内」「コロナ対策について」の3枚の書類で、ご案内の下部にはQRコードが印字されている。
「詳しくは二次元コードを読み込んでください」
いやいや。二次元コードを読み込ませて「選挙について」お知らせするくらいなら、そのまま投票できる仕組みにすればどうか。
オンライン投票に向けての整備・実現を、先延ばしする最も分かりやすい理由は、ただ単に既存のやり方で利益を得ている企業や人間が大勢いるからだ。
選挙に関心を持ってもらいたい、投票率を上げたいのならば、もっと簡便な投票方法を考えたらいいことくらい、子どもでも想像がつくだろう。
仮にそれすら思いつかない石頭なら、自分に置き換えてみればいい。
興味のないめんどくさい行為を、誰があえて重い腰を上げてまで実行に移すか。だが簡単にできるのならば「やってやってもいいかな」となるだろう。
立候補者が、選挙というイベントをクリアする目的で街頭演説をしていることくらい、善良な都民は見抜いている。
一番のズルさは「公約を果たせなかったらどう責任を取るのか」までは、誰も約束しないことだ。
言いかえれば「やるやる詐欺」と同じ。
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どんなにいいこと、素晴らしいことを伝えようと熱弁をふるっても、その方法が誤っていたら伝わらないし意味がない。
小学生の男子が、好きな女子をいじめて嫌われるのと同じだ。
今どきの政治に必要なことを、今どきの方法で伝えていかなければ、今どきの人は誰も関心を抱かない。
正しいこと(かもしれない内容)を間違った方法で伝えているのが、現在行われている選挙運動。
よって、有権者に与えているものは「イライラ」と「殺意」でしかない。
(少しは街宣右翼を見習うといい。わりと面白いことを言っているから、通行人がクスッとなっているわけで。)
Illustrated by 希鳳
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