ーーこの毛布、使い続けるべきか否か。
わたしは今、ニトリの高級毛布を見下ろしながら、こいつをクリーニングに出そうか出すまいか、悩んでいる。
冬の間、コンクリートで冷え冷えとする極寒の我が家で、唯一温もりを与えてくれたこの毛布。
ツルツルした手触りと、いつ包まっても温かさを与える安定感は、他の布類の追随を許さなかった。
ところが最近、この毛布の扱いに困っている。
外は暑くなり、服装は薄着へとシフトチェンジする中、毛布の存在はさすがに場違いとなりつつあるからだ。
「そんなの当たり前だ、さっさとタオルケットにしろ!」
まぁまぁ落ち着け。これには理由がある。
もしもエアコンを使うほどの暑さならば、この毛布は継続して使用することになる。
なぜなら、わたしは部屋をキンキンに冷やして、毛布に包まって寝るのが好きだからだ。
ミノムシのように包まりつつも、ちょこんと出した顔に当たる19度の冷たい風。
なんて幸せなんだーー。
19度という厳しい条件下、木綿でできたタオルケットではさすがに寒さをしのげない。
つまり毛布でなければ体を温めることはできず、エアコンでガンガン冷やすならば毛布を手放すことはできない。
だがここ最近は、窓を全開にしておくとちょうどいい気候ゆえ、エアコンなど使わずにエコな生活を心がけている。
毎日ウーバーイーツで浪費している分、電気代くらいは節約しなければならない裏事情もある。
というわけで、玄関からベランダから全ての窓を全開にして過ごしているが、人の一人、虫の一匹も入ってこない。
そして夏といえばタンクトップに短パンがユニフォームのわたしは、寝る時はその姿で腹に毛布を乗せて目を閉じる。
しかし棒状に丸めた毛布は腹の上で熱を蓄え、そのうち汗ばんでくる。
寝苦しいので毛布を剥ぎ取り、床へと蹴り落とす。
しばらくすると、やや寒くなる。
我慢して寝たふりをするが、だんだん寒さが現実的になり、下がった体温が悪夢を呼び起こす。
恐ろしさで目が覚めると、鳥肌の立つ手で毛布を拾い上げ、腹に乗せると再び眠りにつく。
・・・この繰り返しで朝を迎えるのだ。
こうなると毛布よりタオルケットのほうが断然快適、快眠につながるだろう。
そんなことは分かっている。
分かっているのだが、エアコンが必要となるくらい気温が上がる可能性だってある。
事実、少し前までエアコンをフル稼働にしていたわけで、油断も隙もない。
そして今に至る。
ーーもしかすると明日は猛暑かもしれない。いや、明後日こそ猛暑かもしれない。
そう警戒しながら毎日が過ぎていくのだ。
たとえば昼間は、毛布など見るも悍(おぞ)ましい存在となる。日中のギラついた太陽の下では、冬用の布など用無しとなるのも当然。
それでもタンクトップに短パンのわたしは、エアコンを必要とするほどの暑さを感じず、不快な思いをすることなく過ごしてきた。
こんな時、
「やはりタオルケットの出番か」
と考えてしまう。
たしかに今ならば、間違いなくタオルケットだろう。
できればベッドカバーも冷んやりする手触りのものに替えたいくらい。
気持ちが傾きつつある視界の先には、エアコンが君臨する。
ーーあいつを稼働させたら、一筋縄にはいかない。
エアコンのパワーは強大。よって、タオルケットのような軟弱アイテムでは、わたしを快眠へと誘(いざな)うことはできない。
そうなるとやはり、毛布の出番となる。
ーーなんて優柔不断なんだ。
たかが毛布かタオルケットかの話ではないか。にもかかわらず、何日も何週間も結論を先延ばしにし、この期に及んでまだ迷っているとは。
目の前に丸まっている毛布の塊を見下ろしながら、己の情けなさに幻滅する。
ピンポーン
と、そこへウーバーイーツが届いた。玄関のドアは開いている。
開いているというか、ドアガードを立ててあるのでその分隙間が開いている。
配達員から食べ物を受け取る瞬間、ドアガードの先端に何かがくっ付いているのが見えた。
(ん?ガム??)
灰色っぽい粘着力の強い物体が、ベットリ付いているのだ。
触ってみるとベタベタしており、わたしの指にも貼り付いた。
(なんだこれは?誰がこんな嫌がらせをしたんだ!)
身に覚えはない。だがドアガードにもわたしの指にも、強力なガムがくっ付いている。
怒りでワナワナするが、まずは拭き取るものを取りに行かねば。
(あ、外側にもガムが付いてるはずだ)
玄関の外側、ドアガードと接触する部分にも当然、ガムが付いているだろう。
慌ててわたしはドアを足で止めると、玄関の外側を見た。
そこですべての謎が解けた。
外気の暑さでドア枠を縁取るコーキングが溶けており、溶けたコーキングにドアガードが刺さったせいで、粘着力の強いガムがくっ付いたのだ。
それを見たわたしは決断した。
ーー真夏は近い、となればエアコン全開は目前だ。よし、毛布を使い続けよう。
Illustrated by 希鳳
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