台東区にある小洒落たカフェで仕事をしていると、3人のご婦人らが入ってきた。
「コーヒーちょうだい」
彼女らはドアを開けるとその場で仁王立ちになり、いきなりコーヒーを注文した。店員がそそくさと近づきテーブルへと案内する。
「コーヒーあるわよね?コーヒー」
椅子に腰かけながら、またもやコーヒーを連呼する。
見た目から推測するに70歳前後か。服装が意外とオシャレなご婦人ら。さすがは東京23区で生き抜いてきただけのことはある。
静かな店内、彼女らの会話でBGMはかき消される。
「コロナがさぁ、アレよねぇ」
マスクを剥ぎとり、3人で顔を寄せ合いながらコロナの話題で盛り上がる。多分、もっとも気を付けなければならないカテゴリーの方々なのでは、とこちらが心配してしまう。だがそんなことはお構いなしに会話はつづく。
「うちのお婿さんコロナ陽性だったのよ、だから言ってやったわ。さっさとあたしを入院させなさいよって」
ほほう。
「そしたら病院がね、ベッドが空いてないっていうのよ。そんなのそこらへんの元気なのを退院させて、あたしたちを全員入院させなさいって言ってやったわよぉ」
どんな理屈だ。
「さすが××さんよねぇ、あたしたちも入院したいもの」
おいおい、これだけ元気でなぜ入院が必要なんだ。
コロナの話題からガンの話題へと移る。
「●●さん胃がんだったじゃない?89歳よ?もうお別れだと思ったら、また復活してきて大笑いよ!」
(3人で手を叩いて大爆笑)
「新薬が保険で認められたんだって。それで安く治療できたから助かっちゃったのよ。こりゃあたしたちも簡単には死ねないわね」
(うんうんと頷く3人)
会話から読み取るに、このお三方は御年80歳を超えている。見た目は70歳だが、実年齢は10歳も上だった。にわかに信じがたい。
やはり、人に見られる率の高い都内で暮らすお年寄りは、見た目も若くなるのか。
「いまなんて、ガンに電気あてると5分で治るらしいわよ」
若干語弊があるが「がん光免疫療法」のことではなかろうか。
米国立衛生研究所(NIH)の小林久隆主任研究員らが開発した治療法で、がん細胞に結合する抗体医薬とレーザー光を組み合わせ、がん細胞をピンポイントで破壊する。
病気に対して効果的で、それでいて患者の体に優しい。いわば究極の治療法だ。
そして、光免疫療法で使う医薬品「アキャルックス」、これと組み合わせて使う医療機器レーザー装置「バイオブレードレーザシステム」が厚労省の承認を得ている。
このような先進的な動きが世界に先駆けて日本で起きている理由として、開発が「楽天メディカルジャパン」であることが挙げられる。
同社会長・三木谷浩史氏が、彼の父親がすい臓がんを患ったことをきっかけに、最先端の治療法を探すなかで前出の小林研究員と出会った。
そして三木谷氏個人で数百億を投じ、がん光免疫療法の商業化を後押ししたのだ。
「10年後、あたしたち全員生きてるわね」
3人は顔を見渡して大笑い。そんな彼女らは全員、がんサバイバーらしい。各々が罹患箇所を自慢している。
「あたしなんておっぱいないからね」
「あたしは心臓なくても生きてるわ」
「あたしなんか脳みそないわよ」
(・・・どんな人間だよ!!)
思わずコーヒーを吹き出しそうになる。
しかし年寄りは元気だ。心臓や脳がなくても生きているんだから、若者と比べてかなり丈夫にできている。
だが密かに驚いたのは、病気やその治療について意外と見識があることだ。そして冗談ではなく真剣に、近い将来訪れるであろう死について、正面から向き合っていることだ。
「それにしても誰も死なないわねぇ」
(誰かに死んでもらいたいのか?)
「いまは医療が進んでるから、●●さんみたいに蘇るのよ」
(・・それは事実だ)
「最後の笑顔だから忘れないでくれよぉ、なーんて泣きながら手術室に入ったのにねぇ」
「恥ずかしいったらありゃしない」
(今も生きているのだから、そこは触れないでやってくれ)
「孫が、おじいちゃんなんで生きてるの?って真顔で聞たらしいわよ」
「あらぁ、残酷ねぇ」
今生の別れを覚悟した孫の涙を思うと、死の淵から復活してきたおじいちゃんは嬉しいやら恥ずかしいやら。
「あたしそろそろ行かなくちゃ、病院の時間なのよ」
そういうと3人はノロノロ帰り支度を始める。
「あたしたち帰るわよー」
レジでお会計をする、という習慣がないのだろうか。店員に向かって大声で帰宅宣言をし、代金回収に呼びつける。
これだけ元気な日本のお年寄りたち、これじゃコロナもガンも他人事だろう。
Illustrated by 希鳳
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