右手の小指が痛い。
具体的には第一関節、つまり指先に近い関節が痛い。
小指の付け根を押しても痛いので、指先から指の付け根(小指球)まで、まんべんなく痛い。
小指が痛いことに気が付いたのは5日前。
ピアノの練習で、小指で鍵盤を押すと指が外れたかのように痛いので、
「あ、痛めてる」
と気が付いた。
パソコンをカタカタ叩いても痛みは感じないが、さすがに木製の鍵盤を叩くと細い小指は痛みに耐えられなかったようだ。
では、柔術をしていてなぜケガに気付かなったのか。
多分、指一本一本を単独で使うことがないからだろう。
相手の袖や襟を掴むにしても、3本または4本の指で引っ掛けるようにして掴むので、指一本を痛めていても気が付かない。
しかしピアノは指を単独で動かすため、ここで初めて小指をケガしていることに気が付いた、というわけだ。
しかも予想以上に痛みが大きいので、ヒビくらい入ってるかなという感じ。
早速ガムテープで小指の第一関節を巻き、指全体をちょうどいい形、すなわちドーム状の丸みを帯びた形にし、こちらもガムテープで細工をしながら固定する。
ガムテープがすごいのは、値段が安ことではない。
指くらいの細さの固定ならば、ガムテープが最も効果的。
なぜテーピングではないのかというと、テーピングは医療用であり固定目的で使用されることは間違いない。
だが、テーピング自体に固さがないため、ガチガチに固定するには何回か重ねて巻く必要がある。
その点、ガムテープは一巻きしただけでもかなり固まる。
こうして私はガムテープを指に巻き、今日のレッスンに向けて練習曲を弾き始めた。
ケガをしたときに必ず思うこと、それは「しまった」とか「どうしよう」とか不安に繋がる感情ではない。
むしろ、「やった!」もしくは「ホッとする」といった喜びの感情だ。
これにはちゃんとした理由がある。
元来見栄っ張りな私は、何事もスピーディーに完璧に仕上げたいと思っている、できようができまいが。
そのくせ性格が大ざっぱゆえ、細部を見てみぬふりをする悪い癖がある。
しかし完成度のインパクトの強さで、細部はなんとなくごまかせてしまうのだ。
だがこれが決して良いことではなく、また、これが続くはずもないことも分かっている。
それでも足を止めずに突っ走り続ける日常を送ってきた。
そんな時にケガをすると、今までのように突っ走れなくなる。
スピードが緩んだ結果、これまで目を反らしていた詳細部分や苦手部分と嫌でも向き合わされる。
ーーようやく止めてもらえた
ブレーキのない暴走列車を無理やり止めてもらったかのような安堵と感謝を、ケガに対して抱くのだ。
話をピアノに戻そう。
右手の力が強い私は、レッスンで毎度のごとく
「もっと右手を弱く弾いて」
と注意される。
分かっていてもその匙加減が難しいのだ。
極論だが、大人と子供の「ちょっと」は違う。
身長2メートルの人と1メートルの人の「一歩の大きさ」も違う。
よって、先生の求める「弱い」が、私のなかでの「弱い」と一致しないのは当然といえば当然。
などという屁理屈は置いといて、今回のケガにより右手で強い音を出すことが不可能となり、先生が望む弱弱しい音しか出せなくなったわけだ。
弱弱しく弾くうちに気づいたことがある。
「こりゃ楽だ」
今まで苦労して弾いていたわけではないが、これだけ非力にパラパラと弾いていれば、そりゃ楽だ。
このおかげで、自然と左手の音を目立たせることができるではないか。
むしろ、左手も右手に合わせて弱弱しく弾くことで、今まで出せなかった「ものすごく弱い音量」が実現した。
(この弱弱しさのあとに思いきり強い音を出せば相当なメリハリがつくはず)
余計なことを思いついた私は、曲の最後の和音をおもいっきり体重を乗せて叩きつけてやった。
「ギャーーーーー」
そりゃそうだ、小指は多分ヒビが入っているのだから。
*
柔術でも、ケガをしている部分を使わずに練習することで、実は今まで気づいていなかった「苦手部分」が露呈されることがある。
例えば「片手が使えないとき」のスパーリング。
帯の中へ使えないほうの手を突っ込み、両足と片手の3本でスパーリングをするが、いかに「両足が使えていないか」を知ることとなる。
「両足が使えていない」というのは、自分はマットに座った(もしくは寝た)状態で、立っている相手を攻めるシチュエーションでの話。
「両足を上手く使えていない」というよりも「マットに寝転がっているだけなので、尻が上がっていない」というのが正しい表現。
ではなぜ「尻が上がらないのか」というと、腹筋を使っていないから。
単に腹筋が弱い場合もあるが、たいてはサボっているだけ。
腹筋を使って体を丸め、尻を持ち上げれば、両足は360度自由に動かせる。
そうすれば、足を手のように自由に操ることができる。
普段、両手に頼りきりで疎かになっている足の使い方は、ケガによって暴露される。
しかもケガは自分の思い通りにはいかないわけで、治るまではケガに支配される生活を送ることになる。
だったら、ケガを利用してワンランク上を目指すのも悪くない。
ーーさて、
「指が治ったら練習しよう」
と思いながら、この5日間を過ごしてきた私。
よって、ピアノの練習などサッパリしていない。
レッスン前日の夜、付け焼刃でさらってみるも、明らかな付け焼刃っぷりに感動する。
こうなったら先生には、
「小指をケガしたので弾けません」
と、事実だが嘘を言うしかない。
Illustrated by 希鳳
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