ちょうど一年前、私はテネシー州にあるメンフィスを訪れた。
当時、NBAトップチームであるメンフィス・グリズリーズとツーウェイ契約を結んでいた、日本が誇るバスケットボールプレイヤー・渡邊雄太のサポートが目的。
・・などとカッコよく切り出したが、実際は私自身の壮絶なウエイトコントロールの思い出しか残っていない。
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とにかく私は体重の増加を気にしていた。
なぜならメンフィスから帰国した翌日、柔術の試合でポルトガルに向かうからだ。
アメリカといえばドリンクのサイズが摩訶不思議なことで有名。
日本で言うSサイズなど存在しない。
アメリカのLサイズは1.5リットル、いや2リットルくらいある。
このボリュームが一般的なアメリカで、まともに3度の食事をとり続ければたちまち胃袋拡張、すなわち計量失格となるだろう。
ただでさえ飛行機の移動はむくみを伴い、ナーバスになるというのに。
仕事そっちのけ、体重の増加に恐れおののきながら、私のメンフィスがスタートした。
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メンフィス2日目。
同行していた渡邊雄太の父が、ホテルのジムで朝からきっちり走ってきたという情報を入手。
走ることが大嫌いな私だが、背に腹は代えられぬ。
その日の夜、早速ジムへと向かった。
立派なウエイトマシンにトレッドミル(ランニングマシン)、バーベルやダンベルなど、ありとあらゆる運動器具が装備されている。
たしかにアメリカ人は、太っている割には運動好きなイメージだ。
まずは食事をどうにかすればいいのに、と思うが余計なお世話だろう。
ウエイトマシンは使い方が分からないので触らずにおく。
トレッドミルならば「スタート」を押せば走り出せそうなので、これでいこう。
よく見ると、時速に加えて傾斜が選べるではないか。
リアルにまったく分からないので、時速15キロ傾斜20%(マックス)で60分走るコースを選択し、スタート。
・・・。
スタートして10秒、即ストップ。
トレッドミルを使ったことのある人ならばお分かりだろうが、時速15キロで傾斜20%はえげつないトレーニング。
ダッシュで山登りをする感覚だ。
(私はカロリーを消費したいだけなんだ)
ハァハァしながら傾斜を5%に下げる。
そんな見栄をはらなくても、傾斜抜きで走ればいいじゃないかと思われるだろうが、ここはやはり見栄をはるところだろう。
今は一人だが、もし外国人が入ってきたとき、ジャパニーズもやるじゃないか!と思われるためには、私の走りが重要となる。
いつ誰に見られても恥ずかしくない走りを披露するのだ。
そして私は走り出した。
マシンのモニターで適当なYouTubeを流しながら、気分はハリウッドセレブのように軽やかにベルトを蹴り続けた。
1分後、スピードを落とす。
同時に傾斜も0%に戻す。
時速15キロも傾斜5%も、初心者には不要だった。
YouTubeも止め、残り時間と距離が表示される画面に切り替える。
楽しく走るなど、恐ろしく無理なことだと初めて気がついた。
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高身長でイケメン、バスケットボールの実業団チームで活躍していた雄太の父。
現役は引退せどアスリート魂は健在のようで、連日、早朝ランニングを続けているとのこと。
私も負けじと、夜中に走り続けた。
その日の食事をその日のうちに消費ーー
これが目的であり、雄太の父と張り合うことがメインではない。
とはいえ、身近な日本人が走っているとなれば闘争心に火がつくわけで。
そんなある日、私の隣りに外国人のオジサンが現れた。
ヘッドフォンを着けて爽快に走るオジサン。
チラっと見ると、なんと傾斜5%時速8キロで走っているではないか。
私は早速、傾斜5%時速9キロに上げた。
みるみるうちに足の回転速度が上がり、忙しく走る私。
こんな小太りのオジサンに負けてたまるかと、平然と前を向き走り続ける。
正面のガラス越し、オジサンがチラチラとこちらを見る。
そして手元のボタンを操作し、明らかにスピードを上げ始めた。
露骨には確認できないが、なんとなく小数点以下に数字があるため、時速9.5キロのような微妙な速度を選択したと思われる。
涼しい顔で走り続けるオジサン。
(ならば大台に乗せてやろう)
私は速度ボタンを連打し、とうとう大台となる時速10キロに設定。
これはもはや日米ランニング対決と言ってもいいだろう。
私とオジサンによる、国の威信をかけた意地のぶつかり合いだ。
私は日本を背負って走っている、ここで負けるわけにはいかないーー
苦しい素振りなど微塵も見せず、とびきりの笑顔で走り続ける私。
ところが、しばらくするとオジサンは走ることを止め、ウエイトトレーニングへと移動してしまった。
日米対決の勝敗の行方は、おあずけとなった。
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そういえばエレベーター前に銀の器がある。
その上には山盛りのフルーツが並べられている。
リンゴやオレンジ、バナナがメインだが、古くなっては捨てられるだけだと思い、毎日せっせと持ち帰っていた。
ある日、私のフロアのフルーツが忽然と消えた。
毎日フルーツを食べる客がいないからなのか、はたまたフルーツが品切れなのかは分からないが、楽しみにしていたフルーツにありつけない。
こんなことではめげない私。
早速、別のフロアへ回りフルーツの確認をする。
幸いにも下のフロアはまだ山盛りだったので、誰かにとられる前にすべて確保した。
だが翌日、そのフロアからもフルーツは消えた。
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渡邊雄太は今シーズン、トロント・ラプターズとツーウェイ契約を締結。
機会があればぜひとも現地参戦したいと思う。
そして今度こそ、おあずけとなった日米対決を制したい(日加対決になるが)。
それはさておき、真っ赤な翼でコートを支配する「18番」の活躍が楽しみでならない。
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