大したことではないのだが、ふと思ったことがある。それは、ヒトを含む生き物が「なぜ腹側は守れる(強い)のに、背中側は弱いのか」ということだ。
全身の関節がおそろしく固いことで有名なわたしは、見よう見まねで「胸椎のストレッチ」を行ったところ、(可動域を稼ぐのに)胸椎ではなく肩関節を使ってしまったらしく、たった一回のストレッチで見事に右肩を痛めてしまった。
そもそも右肩には古傷があり、ただでさえ可動域が極度に狭いという弱点があるのだが、ピアノを弾く際に「肩甲骨を使って弾くには、背中側の意識だけでなく胸椎を開くようにすると分かりやすいわよ」と師匠から教わったため、意識だけでなく実際に胸椎を開く感覚を養うべく、ストレッチでもしてみようか・・と思い立ったのである。
そりゃたしかに、見よう見まねでやったので間違ったフォームまたは古傷に負担のかかる角度だったのかもしれない。だが、軽くストレッチした程度——腕を後頭部で組んで、鎖骨や胸のあたりを伸展させるだけで、痛みどころかさほどテンションもかかっていないにもかかわらず、組んでいた腕を戻すと右手を上げられなくなるほどの痛みに襲われたのだから、いかんせん腑に落ちない。
それでも、現に腕が上がらなくなるほど右肩周辺に激痛が走るのだから、誤ったやり方で過度な負担をかけたであろう事実に異論はない——ヒトって、こんなにも脆い生き物だったのか?
このように、まったく大したことなどしていないのにまさかの負傷をしたことで、ショックというか無念に駆られたわたしは、すべてを放棄してふて寝をすることにした。どうせ起きていたって、いいことなんてないんだから・・。
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「ふて寝落ち」からしばらくすると、両手が痺れて冷たくなっている状態で目が覚めた。
どうやら、羽根布団におとなしく収まっていることができなかった模様。両手を上げて「バンザイの恰好」で寝ていたわたしは、肩周辺の神経や血流を圧迫し続けたことで、両腕が瀕死状態に陥ってしまったのだ。
(たかがバンザイの姿勢で寝るだけで、場合によっては両腕を失う恐れもある・・ということなのか?!ヒトってやつは、いったいどれだけ貧弱な生き物なんだ)
そういえば、刑務所にて”保護房”を経験した友人がこんなことを言っていた。
「(今は廃止されているが、その当時はまだ「拘束着」が存在する時代だったので)、拘束着には腕を固定するベルトが付いていて、片腕ずつ前後で交差させた状態で過ごすんだけど、一時間に一度くらい看守が訪れて腕の前後を変えてくれた」
これはなぜかというと、定期的に腕の前後を変えないと、コンパートメント症候群などの虚血や血栓といった「血流異常による緊急事態」を招く恐れがあるからだ。服役中の受刑者とはいえ、人権保護や医療的見地からもこのような管理が義務付けられていたのだと思われる。
それにしても、前面で腕を組む分には神経の圧迫や血流異常は起きにくいのに、なぜ背後で組むといともあっさり最悪の事態に至るのだろうか。
・・ていうか、ヒトに限らず動物や昆虫であっても、腹部を守ったり前面に屈曲したりすることはできるが、背面を守ったり体を反らせたりするのは苦手あるいは不可能ではないか? もちろん、背後は背骨で守られていたり、硬い皮膚で覆われていたりするわけだが、それでも可動域で考えると腹部側(前面)にしか柔軟性はないわけで、なぜこのような仕組みになっているのだろうか——。
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・・まぁ考えたところで分からないし、理由を知ったところでわたしの肘や膝を背後で組んだり屈曲させたりできるわけではないので、どうでもいいことではある。
だが、冷たくなった指先とジンジン痺れる哀れな両腕を弄びながら、何ともいえない己の脆弱性に辟易とするのであった。




















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