ガラスというのは、時としてもう一つの「顔」をのぞかせることがある。その結果、ガラス越しに都市伝説が誕生することとなるのだ——。
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行きつけのスターバックスのカウンター席で、ガラス越しに行きかう人々を眺めながら、お決まりのドリップコーヒーとカフェラテでくつろぐわたし。
都会の喧騒の真っただ中にいるにもかかわらず、ガラス一枚隔てただけでこんなにも静かでゆったりとした時間が流れるとは驚きである。そして、カフェの定番であるチルミュージックに耳を傾けながら、目の前をなんとなく眺めていたわたしは、ふと頬についた“汚れのようなもの“が気になった。
というのも、わたしの目の前にあるテラス席に二人組の男性が腰を下ろしたことで、今まで透明だったガラスが急に暗くなり、まるで鏡のように自分の顔を映し出したからだ。
(・・ん、なんか頬っぺたについてる?)
ちょうど男性の後頭部の高さにわたしの顔があるため、彼の真っ黒な髪の毛が店内の光を反射することで、見事な卓上鏡を作り出していた。
そこに映るわたしの右頬に、なにやら黒っぽい汚れが見えたのだ。そこで、指先でササっと拭ってみたのだが汚れはとれない。何度かゴシゴシ擦るも変化はないので、それが何なのかを確かめるべくさらに鏡に近づいた。
(なんだろう?汚れじゃなければ・・・あ、擦り傷か!!)
ガラスの反射で生まれた即席の鏡ゆえに、明暗というか白黒でしか映らないが、これは数日前に顔面を擦った際にできた傷跡だと思われる。指で触れてみるも、凹凸やザラつきを感じないので断言できないが、ゴシゴシ擦っても落ちないということは色素沈着・・すなわち、傷跡ということで間違いないだろう。
日頃から鏡を見る習慣のないわたしだが、頬にある“何か“が気になって仕方がない。かといって手鏡など持ち合わせていないし、スタバのトイレへ行こうにも通路に並ぶ人影が見えるため、わざわざ並んでまで自分の顔を見よう・・という気にはなれない。
ならばスマホで自撮り・・と考えたが、至近距離で自身の顔面を撮影することに躊躇いを感じるため却下。その結果、ガラスの反射による即席の鏡しか、頼れるアイテムはなくなってしまったのだ。
(急に振り向くとか、そういうお決まりのネタはやめてくれよ・・)
こういう場面における「あるある」だが、ガラス越しに座る男性が急に振り向く——というギャグだけは勘弁願いたい。そんなことで笑ったり恥ずかしがったりできるほど、ピュアな心は持ち合わせていないからだ。
・・などという“あり得ない確率“を警戒しつつ、ガラスにぬっと顔を近づけると右頬の異変に目を凝らした——う~ん・・よく分からないけど、やっぱり傷跡なのかな。
こうなると、「右頬の状態を知りたい気持ち」が抑えられなくなるのが、欲深きニンゲンというもの。そこで、ガラスに鼻の頭がくっ付くほど接近しつつ右頬を凝視していたところ、急に視界が遮られた。
(なんだよ!後頭部に手を当てるなよ!!)
目の前の男性が、おもむろに両手で後頭部を抱えたのだ。そのせいで黒色だった背景が肌色に変わり、反射光が目立たなくなったせいで鏡としての機能が低下してしまったのである。
とはいえ、右頬の確認に躍起になっているわたしは、肌色の部分を避けて黒い髪の毛・・すなわち即席の鏡の部分へ顔を移動させると、右のまつ毛がガラスに触れるほどの距離まで近づき、もう少しで事実確認ができそうな“患部“に目を凝らした。
(・・・あっ!!!)
その瞬間、目の前の男性が立ち上がり急にこちらへ振り向いたのだ。しかもその表情たるや、誰がどう見ても恐怖に怯えた顔であり、この時点でわたしは“変質者“となった。
(いったいどういうことだ——。なぜ振り向きざまに、わたしの存在を把握していたんだ?)
だが、その答えは簡単だった。男性の向かい側に座るもう一人の知人が、「あのオンナ、おまえの後頭部めっちゃ見てるよ」とか言ったのだろう。
わたしと彼らを隔てるガラスに、あわや顔面が密着するであろう勢いで顔をくっつけているわたしと、そんな不審者を怯えた目で見ながら席を離れる男性二人。それは、時間にして数秒の出来事だったと思うが、こちらからするととてつもなく長い時間に感じた。
——なんなんだ、このものすごい誤解は。しかも、どうやっても誤解は解けそうにないわけで、わたしは彼らの中で「スタバで遭遇した、ガチでやばい女」として都市伝説化するのだろう。
そんなんじゃないのに、マジで違うのに・・あぁ、どうすればいいんだ。
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背景が暗い場所でのガラスによる即席鏡を利用する際は、十分に注意されたし。
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