わたしは今、二名のクライアントを眼前に据えつつ、両脇には弁護士と税理士を従えて、都内某所の高級和食料理店にいる。
こういった店を訪れる機会は滅多にないので、ここぞとばかりによく分からない魚料理を注文しまくるが、先ほど食べた「オジサン」は名前のインパクト以上に美味かった。
氷の上に寝かされた鮮魚たちの中から好きな魚を選んで、焼くなり煮るなりしてもらうのだが、店のおすすめである「のどくろ」とキャッチーなネーミングから「オジサン」を選んだ我々は、その美味さに驚かされた。
正直なところ、高級魚であり"白身のトロ"と呼ばれるのどくろよりも、得体の知れないオジサンのほうが身もプリプリしており淡泊で、なにより満足のいく食べ応えが個人的には大絶賛。スズキ目ヒメジ科ウミヒゴイ属であるオジサンは、日本においては駿河湾以西の本州から九州までの温暖な太平洋側に分布しており、沖縄や鹿児島では普通に知られた魚なのだそう。
とにかく、その弾力ある歯ごたえが気に入ったわたしは、仕事の話に耳を傾けつつも忙(せわ)しく箸を動かし続けた結果、骨と皮と頭になるまでオジサンをいりじ倒した。だが、そのことについて誰からも指摘をされなかったので、内心「セーフ!」と安堵しつつ、オジサンの残骸を引っ込めたのである。
高級な焼き魚を食べたことで、脳内で自動的に「白米」のスイッチが入ってしまったわたしは、交わされる議論に相槌を打ちながらメニューに目を走らせた。ここは居酒屋ではないので、ライスのような一杯飯は存在しない。その代わりに、からすみ茶漬けや鯛茶漬け、海鮮なめろうご飯といった洒落た炭水化物が用意されている。
だが最も興味をそそられたのは「焼きサーモンおひつ飯」だった。
わたしは今、純粋に炊きたてのご飯が食べたいので、茶漬けや丼ものには惹かれない。しかし、わたし一人が食べるのに"おひつ"で出されては目立ちかねない。如何せんここへは仕事の話をしに来ており、クライアントを前にして腹ペコの小学生のようにがっついて食べたのでは、信用を損ないかねないわけで。
だからといって、「米を食べない」という選択肢は考えられないため、ここはコッソリおひつ飯を注文し、結果的に誰かに見つかった場合は「皆さんで取り分けて食べましょう」と、自然な流れに運べばいいんじゃないか——。
こうしてわたしは、「三人前」と書かれた焼きサーモンおひつ飯を頼んだのであった。
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わたし以外は全員アルコールが入っているため、多少なりとも注意力が欠如しているのだろう。立派なおひつがわたしの目の前に置かれても、誰一人として反応する者はいなかった。
(よし、第一関門突破・・・)
つとめて冷静に、それでいて自然な笑顔で相槌を打ちつつ、焼きサーモンをしゃもじでそっと崩すと、その下で待ち構えている米と混ぜ合わせた。そして、ちょうどいい塩梅になったところで素早く口へと運んだ——う、美味いっ!!!
これは驚きの美味さである。決して斬新な味ではなく、読んで字のごとく「焼きサーモン」と「白米」、さらに「じゃこ」「かつお節」「刻んだ大葉」などで構成された、ある意味想像通りのお味。それなのになぜ、こんなにも美味く感じるのだろうか——。
漆塗りの洒落たしゃもじの先っちょでサーモンをほぐしながら、美味さの理由についてあれこれ思料していたところ、わたしはとある真実に気がついた——そうか、おひつから直接すくって食べているから美味いのか!
食事というのは、"何を食べるのか"よりも"誰と食べるのか"のほうが重要だといわれる。それに加えて"どうやって食べるのか"によって、美味さの感じ方が変わるということも忘れてはならない。
一口サイズの上品なおむすびも悪くはないが、どうせなら両手からこぼれるほどの大きなおむすびにかぶりつくほうが、満足感に加えて見た目も絵になるのは間違いない。つまり、大は小を兼ねるの典型であり極みでもあるのだ。
この法則からすると、茶碗に一杯ずつ取り分けて食べる焼きサーモンご飯も美味いが、おひつから直接しゃもじですくって食べる焼きサーモンご飯のほうが、秘めたポテンシャルを存分に発揮することで、圧倒的な美味さを披露してくれるわけだ。
そんな事実に感動を覚えながらも、一心不乱におひつから米を搔っ込んでいたわたしは、ふと殺気に近い視線を感じて手が止まった。嫌な予感はするがおそるおそる顔を上げてみたところ・・案の定、左斜め前に座っているクライアントと目が合った。
黒縁メガネの奥で光る鋭い眼差しと、至福の時を満喫中のわたしの瞳とでは、当然ながら温度差がある。彼の眼が訴えているもの、それは「俺にもよこせ」なのか、それとも「貴様はいったい何をやっているのだ」なのか——。
だが今さら、このおひつご飯を分け与えることはできない。なんせ、おひつからしゃもじでダイレクトに口へと運んでいるわけで、なにをどうしたってシェアは不可能。そんなことは彼も分かっているだろう・・ということは、やはり攻めているのか?おひつご飯を独り占めしたわたしを——。
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こうして、会食は粛々と進むのであった。
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