物事の本質というのは、外から眺めているのと中身を知るのとでは随分違うことがある。そういった意味でも、「経験」がいかに重要かは言うまでもないが、知っているだけではなく実際に目で見て触れることこそが、ヒトを成長させる一番の要因なのである。
というわけで、およそ知っていたはずだが、持ち前の忘却力のせいで記憶から抹消されていた「マンゴーのタネ」を見たわたしは、なんともいえない衝撃を受けた。
(なんだこのペリカンのくちばしというか、カモノハシのくちばしのようなタネは・・)
そもそも、包丁を使って果物を切ることのないわたしは、予めカットされているものか、自力で皮を向いたりタネを取ったりできる果物しか食べない。だが本日、たまたま通りかかった八百屋で「マンゴーがとっても美味しいよ~」という声に誘われて、ならばとマンゴーを物色するべく入店したのだ。
ナムドクマイというタイ産のマンゴーの周りで、買い物客がこぞって手を伸ばす姿を見たわたしは、「こちらも負けじ!」と大き目でツルンとした個体を三つ掴むとレジへと向かった。自らの手でマンゴーをさばくのは初めてだが、まぁどうにかなるだろう——。
戦利品を抱えての帰宅途中、わたしにとある疑問が浮かんだ。
(そういえばマンゴーって、どうやって食べるんだろう)
手で触れた感じ、皮はそこまで硬くないので咀嚼は可能だろう。だが、皮が苦いブドウように、食べることは可能だがものすごく不味いという場合は、当然ながら皮を向いて食べることになる。
そこで、料理上手の友人に尋ねてみたところ、
「スイカを皮ごと食べないように、マンゴーも皮は食べないんだよ。あと、もしも切って食べるのが面倒だったら、半分に切ってタネを取ってそのままスプーンですくって食べたら?」
と、食べ方のレクチャーまでしてくれたのだ。ちなみに、この時点で"マンゴーの中にはタネがある"という事実を知ることができた。確かに、南国系のフルーツには真ん中にデカいタネが入っているイメージがある——そう、アボカドのような。
この時点でわたしは、マンゴーの真ん中にはアボカドのようなデカくて硬いタネがある・・と勝手に思い込んだ。言われてみればモモやウメ、サクランボだって真ん中に大きくて硬いタネが存在するわけで、マンゴーもあんな感じなのだろう。
さらに友人は、
「おすすめは、真ん中のタネの横を2回切って、両サイドをスプーンですくって食べる」
と、さらに詳しく食べ方のアドバイスをしてくれたのだ。巷のAIよりもかなり優秀で気遣いのできるメカである。しかしながら、わたしは「真ん中のタネの横を2回切る」の意味をはき違えて理解したため、友人が推奨するカットの仕方ではなく、わたし流のカットになってしまったのだ。
そもそも包丁を使う気のないわたしは、いかにしてマンゴーの真ん中に君臨する"デカくて硬いタネ"から果肉を引き剥がすのか・・を考えた。
(マンゴーの果肉は弾力があって柔らかいのだから、タネが硬いとしたらねじり切ることで分離できるのでは——)
そう思いついたわたしは、友人のアドバイスをもとに「タネの横を2回切る・・すなわち、タネの右側と左側に切れ目を入れる」という、壮大な勘違いを実践したのである。しかも、切れ目を入れる道具はフォーク。フォークをグサグサと突き刺すことでいくつもの穴を作り、マンゴーを握りしめると瓶のフタを開けるかのようにギュッとねじってやった。その結果——。
(おお、いい感じに真っ二つになった!!)
マンゴーは見事に二分割されたのだ。そしてその瞬間、わたしは想像とはずいぶん違うマンゴーのタネを見て愕然とした。なんだこの平べったくてペコペコしたタネは——。
なんとマンゴーのタネというやつは、アボカドやモモのように丸くて大きくて硬いわけではなく、平べったくて弾力性のある変な形状なのだ。たとえるならば、ペリカンのくちばしか、あるいはカモノハシのくちばしか。
しかも、後で知ったことだが"ペリカンマンゴー"という名前の由来は、まさに"タネがペリカンのくちばしに似ているから"だと知り、思わず納得してしまった。
(・・やはり、誰もがそう思うんだな)
そして、このおかしな形状のタネについて先ほどの友人に報告したところ、
「うん、平べったいよね。だから真っ二つに割るんじゃなくて、2回切って三分割するんだよね」
と、まさかの返事があったのだ。要するに、この段階でわたしは「2回切る」の意味を理解したのである。あぁ、なるほどそういう切り方だったのか——。
とはいえ、実際にはフォークで穴をたくさん作ってねじ切ることで、マンゴーは簡単に二分割できるわけで、それをスプーンですくって食べるのもいいが、わたしのオススメとしては「そのままかぶりつく」を推奨したい。
なぜなら、皮やタネにこびりついた果肉まできれいにそぎ落とすには、カトラリーを使うよりも己の歯と舌を駆使するほうが圧倒的に果肉を回収できるからだ。さらに、この食べ方をすることで「マンゴーの皮は苦い」「マンゴーのタネは噛みきれないスルメイカのよう」という事実を知ることもできるため、食育としても効果的。
(タネにこびりついた繊維質は、なかなかこそげ取ることができないな・・)
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こうして「とっても美味しいマンゴー」は、ものの5分で消えたのであった。
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