フライデーナイト・マジック

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久しぶりにド終電・・つまり、山手線の最終に駆け込んだわたしだが、それが"終電だったんだ"と感覚的に悟ったのは、目黒駅を降りた後だった。

「あぁ、これって終電あるあるだよな——」と、ちょっと懐かしく思えるその光景に、目を細めつつもガッカリするのであった。

 

 

終電ということもあり、深夜0時半を過ぎても多くの乗客で賑わう池袋駅構内だったが、いわゆる「金曜日の夜」としては異質に感じることがあった。それは、思いのほか酔っ払いが見当たらないことだった。

とくに、山手線といえば醜態を晒すサラリーマンが多いことで有名だが、いつものような酒臭さや、酔っ払い特有のデカい声およびバカげた会話が一切聞こえてこない。しかも、乗客の年齢層が比較的若い・・というかスーツ姿の者は少なくて、私服の二十~三十代が大半を占めている。加えて、集団客よりも個人客ばかりなので、車内は異常なまでの静寂を保っていた。

(・・なんかいい気分だな)

 

季節は春、そして暖かな気候、おまけに金曜日の終電・・とくれば、花見や新入生・社員の歓迎会終わりの、脳内がお花畑の輩で溢れているはず。それなのに今日は、車内は静まり返りどことなく真面目な雰囲気が漂っているから驚きなのだ。都民にいったい何が起きたんだ——。

しかも、この電車は終電なのだから、これを降りたら明日の朝まで移動はできない。つまり、下車駅は自宅の最寄り駅でなければおかしいはずだが、池袋の時点では立っている乗客も多かった車内が、新宿に到着した途端にガラガラになったのも驚きだった。まさか全員、これから飲みに行くのか——。

 

そうこうしながらも、大崎止まりの山手線は粛々と歩を進めていく。代々木では乗降客はほぼゼロだったが、渋谷では大勢の若者が乗り込んできて、恵比寿では逆に多くの乗客が降りて行った。そしていよいよわたしが目指す目黒駅に到着——。

なんとここでも、驚くほどの数の人間が降りた。改札へ向かうエスカレーターに長蛇の列ができるほど、終電の目黒駅が賑わっているのだ。まるで平日の日中さながらの移動率で、とてもじゃないが午前1時を回っているとは思えない、異様な光景である。

 

ちなみに、目黒駅から自宅までの距離は2キロちょいなので、空いていればタクシーで5分の距離。もちろん歩けないこともないが、さすがに荷物を背負って2キロの行軍は、か弱い乙女にとって過酷すぎる。ゆえに、やはりいつものようにタクシーで帰ろうと思ったところ、目の前にはこれまた驚くほどの長蛇の列ができていた。

(えっ?!なにこの人数)

目黒駅のタクシー乗り場がこんなにも栄えているのを、わたしは見たことがない。いつだって待ち人はおらず、わたしが行けばすぐにドアを開けてくれるはずのタクシーが、今日に限って一台もいないではないか。これが金曜日の終電後のタクシー乗り場ってやつか——。

しかも、角にある交番まで連なるタクシー待ちの列は、とてもじゃないが10分やそこらでは解消しないだろう。ということは、まさかの歩き・・・。

 

運動が苦手なわたしは、とにかく歩くことが嫌いである。わずかな距離でもタクシーに飛び乗ってしまうほど、少しでも二足歩行の機会を減らしたいと思っているわけで、それなのに、よりによって早く帰りたいときにタクシーが捕まらないとは、なんたる不運。

だがそんなことで時間を無駄にはできない・・と、しぶしぶ白金台方面に向かって歩き始めた。

(あそこでタクシーを待つということは、タクシーが来なければ身動きが取れないことを意味する。だったら自分が動くことで、その辺を流しているタクシーを捕まえればいいじゃないか)

そして案の定、何台・・いや、何十台ものタクシーを目撃することとなったが、どれも「割増」「送迎」の文字が光っており、「空車」の赤いランプを目にすることはなかった。そう、これこそがフライデーナイト・マジックなのだ。

 

 

こうして、ほぼ後ろ歩きのままタクシーに目を光らせつつ、結局は自宅まで歩いたわたし。

金曜日の終電後、タクシーに乗れる確率は相当低い・・という常識を、いつの間にか忘れていたことを恥じつつも、学生時代を思い出すかのような懐かしさを覚えるのであった。

 

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