Bacaroに潜む、カセットコンロの魔術師

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私の友人、とくに職人系の友人らは得てして、

「あるものでどうにかするしかないっしょ」

というマインドの人間が多い。通常、職人といえば道具が命である。そして仕事をする際には、自らの気に入った道具を取り揃えて挑むわけだが、仮にそれらが揃わなかった場合でも、「今あるものでどうにかする」という傾向にあるのは間違いない。

 

過去の出来事だが、とある装置のネジの溝がつぶれてしまい、どうしてもネジが締まらないことがあった。しかも山奥のため、修理で使う道具などあるはずもない。そんな時、友人は足元に落ちていた木片を拾うと細かくちぎり、木片をかませた状態でネジを捻り込んだ。するとネジは見事に止まったのである。

応急処置としては完璧な固定具合いであり、ただアタフタするしかなかった私は、友人の賢さにひれ伏した覚えがある。

 

このように「マニュアルに書いてないからできません!」などという、バカが吐くセリフを口にするような人間は、私の友人には一人もいない――。

そんなことを改めて思い出したのは、いま目の前でカセットコンロ片手に、立派な料理を作り上げた友人シェフを見ていたからだ。

 

 

石神井公園駅から徒歩4分、商店街の角っこに「FILIPPO Bacaro(フィリッポ バーカロ)」という小さなイタリアンの店がある。「Bacao/バーカロ」とはイタリア語で「ワイワイガヤガヤ、気楽に酒を飲みながら軽食もとれる場所」という意味。バールやカフェ、トラットリア、エノテカとも違う、ベネツィア独自の食文化の一つである。

じつはバーカロ、目と鼻の先にある有名ピッツェリア「Gtalia Da FILIPPO(ジターリア ダ フィリッポ)」の姉妹店として昨年7月にオープン。そこの店長をつとめる和田と私は10年来の友人であり、仕事上でも付き合いがある。

 

久々に訪れたバーカロ、珍しく客が一人もいない。私は和田の目の前にドカッと腰を下ろすと、サービス担当の牧野と三人で会話を始めた。

「アタシ最近、カピバラにハマっててさ」

「へー、オレはカワウソにハマってる」

「僕は、なんとも情けない生物のYouTubeにハマってる。グンタイアリの最期とか、マジでぴえんだから」

三者三様に己の近況をぶつけ合う。ちなみに私は原則としてメニューを見ない。イタリアンのメニューなど読んだところで、その料理がどんなものなのか想像もつかないわけで、だったらシェフのオススメで適当に見繕ってもらえればいい。

そんなズボラな性格を熟知している和田は、さっさと前菜を作り始める。

 

「カピバラって、時速50キロで走るからね」

「マジで?!それは初耳。風呂に入ってるだけかと思ってた」

会話の主軸がカピバラに落ち着いたことで、満足顔の私。おかげでカワウソもグンタイアリも影を潜めた。

「それにしてもカワウソって高いんだよね、80万円とか」

突如、和田がカワウソをねじ込んできた。ペットとして飼うには高すぎるという話をしながら、背後のオーブンからローストポークを取り出し、イワタニのカセットコンロにミニフライパンを乗せると、ジュウジュウ音を立てて火を入れた。

「はい、鹿児島産の健康な黒豚のステーキね」

黒豚は、白豚と比較した際に脂身の美味さに定評がある。そんな黒豚のゴロっとした肩ロースと、焦げ目の入ったズッキーニが目の前に置かれた。ゴージャスな料理ではないが、素材重視の贅沢なメインディッシュである。

 

「そういえばさ、昔の自転車のライトって足で蹴ってタイヤに当てて発電する、ダイナモライトだったよね」

昭和生まれにしか馴染みのない話題で盛り上がる。その間も和田は、仕込み鍋からペポーゾ(トスカーナ地方の伝統料理。牛モモとトマト、赤ワイン、黒胡椒で煮込んだ、ピリッとスパイシーな大人のビーフシチュー)のソースをフライパンに移し、カセットコンロで煽りはじめた。その時私は思わず和田に尋ねた。

「ていうかさ、この店にはガスコンロってものはないわけ?」

「ないからコレ使ってるんでしょ笑」

さっきから見ていれば、ことあるごとにカセットコンロに着火しているわけで、システムキッチンのような埋込式のガスコンロがないことくらい一目瞭然。だが料理店を開くのに、なぜガスを引いていないのだ?

「イニシャルコストを抑えたかったから、ガスは引かなかった。でもオレはあるものでなんでも作れる。だからこうしてカセットコンロ片手になんでも作っちゃうんだ」

さも当たり前のように平然と答える和田。その横で、誇らしげにうんうんと頷く牧野。しかしいくらバーカロとはいえ、和田の腕前はそんじょそこらのイタリアンシェフよりも上。であれば料理にも力を入れるのは当たり前。

にもかかわらずガスを引かずにカセットコンロで勝負するとは、いささか信じがたい。

 

「オレ、カセットコンロで作る料理にかなり自信あるよ」

これについては、店を訪れる同業者からも驚かれるらしい。そのカセットコンロでこれほどの料理が作れるなんて――。

「しかも、イワタニのカセットコンロね笑」

であればこんな挑戦はどうだろう。いつかあの岩谷産業株式会社がスポンサーとなり、カセットコンロで一流料理を作るコンテストなどを開催したら面白いではないか。そうしたらきっと、和田がぶっちぎりで優勝してくれるのだろう。

 

ガスコンロを使う料理が終わったところで、五徳(ごとく)の調子を気にした和田は、プラスドライバーを借りにFILIPPOへと向かった。ガスコンロの魔術師は、相棒のメンテナンスも欠かさないのだ。

 

 

そこにあるものでどうにかする代わりに、そこにあるものをとことん大切に使うのがプロの仕事。そしてどんな道具を使うにせよ、最高の料理を客に振る舞えることこそが料理人の腕前。

イワタニプレゼンツ「カセットこんろコンテスト」開催まで、虎視眈々と腕を磨くであろう和田。バーカロにはバーカロの、ちっちゃな天才が潜んでいるのであった。

 

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