色んなことが上手くいかないとき、それは土砂崩れのように容赦なく積み重なっていくものだ。仕事がうまくいかない、趣味がうまくいかない、対人関係がうまくいかない、体調管理がうまくいかない、人生がうまくいかない——。
すべての事象がうまくいかないしつまらない、おまけにやる気も出ない——。そんな時は、いっそのことすべてを放棄して少し休んだらどうか・・と言いたいところだが、わたしはそれを勧めはしない。
無論、一度きっぱりと離れてみることで、心身共に健全な状態に戻れる場合もあるし、それがベターな選択肢だと思えばそちらを勧めるだろう。だが、せっかく成長途中にある者が、「なんとなくうまくかない」というぼんやりとした呪縛のせいで、ここまで続けてきた歩みを止めるのは本当に勿体ない。
だったら、なにか一つでもいいから「うまくいく手がかり」を与えてあげたいと思うのだ。
とはいえ、仕事も趣味もわたしごときの助力で好転するとは思えないし、対人関係だってそう簡単に軋轢は消えないだろう。それらが積もり積もって"人生"という壮大なスケールの絶望あるいは落胆に繋がるわけで、第三者の関与が功を奏するほど、生易しい問題ではないはず。
だが一つだけ、今のわたしに切り拓くことのできる"道"があった。それは「体調管理がうまくいかない」についての答えだ。
体調管理・・というか、倦怠感と鼻詰まりの症状から「およそ花粉症だろう」ということで、市販の抗アレルギー薬を服用している友人がいる。しかも、夜は眠れないほどに呼吸が苦しいらしく、そのせいで慢性的な睡眠不足に陥っているのだそう。たしかに、怠そうな顔つきで肌は粉を吹きボロボロだった。
それでも、市販の抗アレルギー薬で過ごしているのは、多少なりとも改善されているからなのだろうか——いや、そんなはずはない。
普通ならばきっと見逃すであろう鼻の内側の炎症を、ここぞとばかりに視認したわたしは、すぐさまアレルギークリニックを検索した。
(市販薬で済ませよう・・という考えの者は、なんだかんだ言い訳をしてクリニックを受診しない。ならばとりあえず、予約までわたしがしてしまえばいいわけだ)
そして、友人宅の近くにあるクリニックへ半強制的に予約を入れてやった。なぜそんな勝手なことをしたのかというと、鼻腔内がかなり過敏になっている状況で、とてもじゃないが炎症をコントロールできているとは言えないからだ。
かつてわたしも、これと同じくらい・・いや、もっとひどい状態を経験したことがある。友人同様に市販薬で様子を見ていたが、日を追うごとに症状は悪化していき、寝ることもままならず起きていても息苦しくて、「まさに人生のどん底だ」と己の不運を嘆いた。
しっかり寝ればすぐに治るだろう・・という楽観的な希望は打ち砕かれ、そのうち精神的に追いやられるようになっていった。にもかかわらず、そんな時に限って仕事は次々と降ってくるし、趣味の課題はクリアできないし、挙句の果てには、楽しそうに過ごす周りの友達たちを恨めしく(妬ましく)思うようになった。
そんな矢先、たまたま通りかかった耳鼻咽喉科で「アレルギー検査できます」という看板が目に入った。当時は、それがアレルギーなのかどうか確信は持てなかったが、それでも検査くらいしておいて損はないだろう・・ということで、クリニックの門をくぐったのだ。
その結果、アレルゲンは特定できなかったが「何らかのアレルギー症状であることは間違いない」ということで、抗アレルギー薬を処方してもらった数時間後——、鼻腔から咽頭にかけてみるみる開放されていくのを、身をもって感じたのである。
(こんなにあっさりと変化が出るなんて、なんでもっと早く受診しなかったんだろう・・・)
「すぐに治るはず」という根拠のない自信と、「病院へ行くのが面倒」という幼稚な怠慢から、一週間以上もの期間を見事に無駄遣いしたわたしは、深くうなだれ後悔した。そして同時に、市販薬というものの意味のなさを痛感した。
——過ぎ去った時間は戻ってこない。そして仕事も趣味も対人関係も、うまくいかない原因はそれぞれ別にあるのかもしれない。だが、心身が健康であればどんな困難や挫折も耐え忍ぶことができる。中でも「身体の健康」は、投薬などの治療で一気に改善へと向かうわけで、それをしないとは愚の骨頂。マジで、明日じゃなくて今日でよかった。こんな暴挙というか愚行、一秒でもはやく改めるべきだった——。
・・という過去を思い出しつつ、クリニックの予約画面とアクセス方法を友人へ送りつけた。
(いいから黙って受診してこい。そしたらすべて、うまく回りだすから)
他人が絡むと一筋縄ではいかない。だったら、まずは自分一人で完結できることから改善していけばいい。そうすれば、いつの間にか芋づる式にうまくいくようになるから。
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