けんかをやめて二人を止めて私のために争わないで・・・

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(・・・ま、まずいぞこれは)

ドライヤーで髪の毛を乾かしながら、ドアの外から聞こえる口論にわたしは震えていた。なぜなら、揉め事の原因というのが何を隠そうこのわたしだったからだ。

 

「だから言ったじゃないですか、早めに追い出さないとダメだって・・」

「いや、ちゃんと言いましたよ遅れたらダメだって」

「それじゃダメなんですよ、強制的に連れ出さないと!」

 

——そう、悠長に髪の毛を乾かしている場合ではなかった。もうすでに予定時刻を過ぎているわけで、急いでこの場を離れなければならなかったのだ。

 

 

先日、ブラジリアン柔術の黒帯に昇格したわたしは、ジムのメンバーが主催する祝勝会に参加するべく、更衣室にて身支度を整えていた。日頃から、飲み会や食事会といった複数の人間が集まる場には顔を出さないわたしだが、自分のために開催してくれる会に参加しないのはいかがなものか・・ということで、今回は出席することにしたのである。

そもそも、時間にルーズなわたしは遅刻がデフォルト。決して威張れることではないが、欧米の血(?)が混じっているためか、時間厳守という概念が欠落しているのだ。とはいえ、日本で社会生活を送るにあたり、遅刻というのは忌み嫌われる行為であることも十分承知しているので、他人を巻き込む場合はなるべく時間を守るようにしているわけだが——。

 

帯授与式の当日、わたしは予定時刻の10分前にジムへ到着した。外からでも確認できるほど、ジム内はすでに人で溢れていたが、いかんせん開始時刻はまだ先のことなので、慌てることなく更衣室へと向かった。

「あ、おめでとう~」

ドアを開けると、4,5人の女子が着替えの最中だった。——なんだ、みんなこのくらいルーズな感覚なんだな・・と安堵したのも束の間、

「どうせURABEは遅刻するから、みんなゆっくり来たんだよ」

などと、笑えない冗談が飛び出す始末。・・まぁ、事実なので否定することもできないが。

 

 

そんなこんなで無事に授与式を終えた我々は、近所の赤身肉専門店へと場所を移すことになった。ところが、おしゃべり好きなわたしは更衣室でもペチャクチャと油を売っていたため、気がつくとシャワーを浴びる順番が最後になっていた。

その時点で時間を確認しなかったので、果たして今が早いのか遅いのかすら見当もつかなかったが、とりあえず女子の中では最後であることがハッキリしていた。

そしてシャワーを浴びて身を清め、ドライヤーで髪の毛を乾かしたら出発しよう・・という矢先に、廊下から男女二人の痴話喧嘩が聞こえてきたのである。こんな時に何事だ?!・・と耳を澄ますと、それは痴話喧嘩ではなく"URABEの準備が遅いことを咎める師匠と、急かし方が悪かったのだと師匠を責める友人による口論"だったのだ。

 

(いろんな意味でまずいぞこれは・・どんな顔して出て行けばいいのだろうか)

主役であるはずのわたしだが、この時点では完全に悪者である。たしかに、さっき師匠から「1分遅刻するたびに1万円ですからね」というような、お決まりの嫌味を言われた気がする。だが実際のところ、なんの話か分かっていなかったのだ・・・あぁそうか、祝勝会の開始時刻に遅刻するな!ということだったのか。

 

けんかをやめてぇ~

二人を止めてぇ~

私のためにぃ、争ぉわないでぇ~

もうこれ以上ぉ~

 

脳内でこんなBGMが流れるが、悪いのは明らかにわたしであり、わたしのために争っている・・といえばそうかもしれないが、竹内まりやの歌詞の状況とはやや異なる。おまけに、よくよく聞いてみるとそれはまるで"ペットのしつけ"について、言い争いをしているかのような会話でもあった。

「ペナルティをつけて厳しく注意喚起した」

「口で言うだけじゃきかないから、無理矢理でも連れ出さなきゃダメ」

・・・まさに、犬のしつけである。

 

そんな二人の口論に聞き耳を立てながら、わたしは急いで身支度を整えるのであった。

 

Illustrated by 希鳳

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