南海トラフ地震に備える私

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南海トラフ地震が来るとか来ないとか、ネット界隈でまことしやかに囁かれているわけだが、その予定日が「今日」なのだ。

自然現象を事前に予測・確定するのは非常に難しいことだが、中でも地震の予知というのは最小単位が数年から数十年というから、明日かもしれないし10年後かもしれないし、まったく気が休まらないのである。とはいえ、10年後の地震を恐れてビクビク生きるのも人生がもったいないし、そこまで神経質に暮らせる者も少ないだろう・・ということで、ずっと前から「いつ起きてもおかしくない」と叫ばれ続けた南海トラフ地震が、一応、今日発生するという前提で、万が一に備えた心積もりだけはしてあるわけだ。

 

しかしながら、実際に巨大地震が起きた場合に、われわれにとって"なすすべ"はあるのだろうか。

東日本大震災の時、とりあえず「建物の下敷きにはなりたくない!」と屋外へと飛び出たわたしは、道路の脇に立つ信号機が左右にぐにゃぐにゃと揺れているのを目撃した。同様に、アスファルトで舗装された道路も、まるで海原のように緩やかに波打っていた。

(アスファルトって、柔らかいんだな・・)

そんなことを考えながら困惑していた当時を思い出す。だが屋外へ退避したのはわたしだけではなく、多くの人間が路上に溢れており、街がグラつく異様な光景に言葉を失っていたわけで・・。

 

都内にいたわたしは、家屋の倒壊や津波といった甚大な被害を受けることはなかったが、タクシーはおろか公共交通機関が麻痺したり、介護事業所や飲食店を営む顧問先が混乱したりと、地震にまつわるトラブルにてんてこ舞いだった。

それでもなんとか日常を続けることができたのは、生活インフラが崩壊しなかったからだ。蛇口をひねれば水は出るし、スイッチを押せば電気も暖房もつく。そしてトイレも風呂も普通に使えることから、命の危険を感じることはなかったのである。

そんな"不幸中の幸い程度"のダメージしか受けなかったわたしにとって、恐怖の南海トラフ地震に襲われた場合、なにをどうすればいいのだろうか——。

 

個人的に重要なのは「目が見えること」ゆえに、度数の在庫がないわたしのコンタクトレンズを、半年分注文することにした。目が見えていればどうにかなる——これだけは譲れないアイデンティティなのだ。

コンタクトレンズと同時に、眼鏡も重要である。そしてわたしは、およそ半年前に金子眼鏡店へメガネを預けていたことを思い出した。

(やっべ・・かなり時間が経ってしまったが、取りに行くか)

およそ10年前に、黒縁の立派な一本を購入したが、フレームの重さに加えてレンズの分厚さも相まって、鼻の低いわたしが長時間装着すると小鼻あたりまでずり落ちてしまうのだ。そのため、大枚をはたいて買ったはいいが、ほとんど使うことなく引き出しの奥で眠らされていた"金子眼鏡の高級メガネ"。さすがにそれでは可哀想だと思い、クリングス付きのノーズパッドへの加工を、購入店に依頼したというわけだ。

それなのに、今日の今日までそのことを忘れていて・・いや、正確には「取りに行くのが面倒で先送りしていた」ため、今回の地震を機にメガネを回収するべく金子眼鏡店へと向かったのである。

 

(コンタクトレンズとメガネは確保した。あとは・・やはり水だな)

避難所ができるまでに一日はみたほうがいい。また、災害派遣が実施されるのも翌日以降だろうから、とりあえず翌日までの水が確保できればどうにかなるはず。まぁ腹は減るが、そのあたりは非常事態なのだから自ずと我慢できるに違いない。要するに、一日分の水を用意しておけばいいのである。

ところが、わが家の近所でボトルウォーターが手に入る店といえば、高級スーパー・クイーンズ伊勢丹と、こだわりのコンビニ・ナチュラルローソンしかないことに気がついた。べつに「美味い水」を所望しているわけではなく、むしろ「安い水」を求めているわたしにとって、これらの店舗は選択肢としては適切ではない。よって、二桁の金額でボトルウォーターが買える店を探すことにしたのだ。

 

店舗でいうと、業務スーパーやカクヤス、カインズホームなどで安く入手できる模様だが、残念ながら近所にそれらの店が存在しないため、ネットサイトで購入するしかなさそう。そしてお得意のAmazonや楽天市場をのぞくと、様々な種類とサイズのミネラルウォーターが売られていた。

(・・うん、たしかに安い。しかも2リットルを10本買うとしたら、さすがに持ち帰るのは難しい。大量に買うならネット一択だな)

こうしてわたしは、冷静かつ緻密に安価なボトルウォーターを探した。そして探しながら気がついたのだ。

(・・あれ?一日分の水が欲しいだけだから、2リットルを10本も買う必要ないんじゃないか?しかも被災者となったわたしが持ち歩くのだから、500ミリ一本くらいが適量なのではなかろうか・・)

 

——そうだ、よくよく考えてみれば2リットルの水を背負って避難するのは、ある意味"無謀"である。なぜなら、水だけでなくパソコンやバッテリー、タオル、トイレットペーパーなど必要最低限のアイテムを持参するわけで、水でかなりの容量を占めるのは望ましくない。なにより、命の危険が迫っているのに、筋トレじゃないんだからわざわざ重たいものを背負う必要などないわけで。

(水は、その辺の自動販売機で500のペットボトルを買うとしよう・・)

 

 

というわけで、未だに「水」の確保ができていないわたしなのである。

 

Illustrated by 希鳳

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