女性にとって生理は、毎月やってくるちょっとめんどくさい行事だ。
とくにスポーツをしていると生理周期に敏感になる。
競技によってはピルでコントロールする場合もあり、生理というのは単に大量出血するだけの話ではない。
「生理痛で会社を休みたい」という声を聞くときがある。
実際はほぼ休まず出勤するが、外出すら苦しい状態は私も理解できる。
体内のどこからあんな鈍痛を発生させているんだろう、というほど重くて深い痛みが腹部を襲う。
男性から例えを求められても、生理痛は生理痛だとしか言いようがない。
あえて例えるなら、片頭痛の30倍くらいの痛みが腹部で発生する感じ。
このように生理は、出血という物理的現象から生理痛やPMS(月経前症候群)まで、幅広く女性に影響を与えるやっかいな恒例行事なのだ。
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生理不順の原因としてホルモンバランスの乱れが挙げられる。
その原因は疲労やストレスと言われるが、私はこれを逆手にとって生理をコントロールしている。
柔術の試合当日に生理になりそうな場合、その数日前から自らを不安定な状況に陥らせて精神的ダメージを与える。
科学的な根拠はないが、この方法によりかなりの確率で生理のスタートを遅らせてきた。
そして極めつけは、試合で着る道着の色。
ここはもう、あえて白色で勝負する。
もし生理が始まれば完全にアウト、というプレッシャーを与えることで、さらにメンタルを追い込む作戦だ。
とはいえ失敗することもある。
ある日の試合当日、あと20分で試合という局面で生理が始まってしまったのだ。
当然ながら白い道着は真っ赤に染まった。
トイレの洗面台でズボンを洗い、ハンドドライヤーの中に突っ込む。
トイレから出てきた人は、私のズボンが突っ込んであるハンドドライヤーを横目に、手を乾かさずに去って行く。
他の選手たちも、恐怖と哀れみの表情でトイレを後にする。
そりゃそうだろう。
ハンドドライヤーに道着のズボンを突っ込んで、パンツ一枚で仁王立ちの私がいたら、そりゃ目を背けたくもなる。
申し訳ないなと思いながらも、こちらはあと20分で試合だ。
この道着をなんとか乾かさなければならない。
ハンドドライヤーの使い方としては間違っているが、あれのおかげで私はなんとか試合に間に合った。
しかしいま思えば、あの時は十分にメンタルを追い込めていなかったのではないか。
どこかに油断や過信あったのではないか。
つまり、ストレスが不足していたせいで生理が始まってしまったのかもしれない。
私はこの失敗を教訓に、もっと確実にストレスを与える追い込みを敢行すると決めた。
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――時は過ぎ、SJJJF全日本柔術選手権2020
コロナの影響で9か月ぶりの試合となった。
数日前から生理の予兆を感じた私は、早速、精神的ダメージを開始した。
方法としては「思い込み」が最も効果的だが、廃人になる覚悟が要る。
自分自身で思い込みだと分かっていては、メンタルに響かない。
よって、病的なまでに思い込み、脳をだます必要がある。
呼吸が浅い、吐き気が止まらない、襲ってくる不安に自分がおかしくなっていくのが分かる。
ーーこれでいい
精神にダメージを与えるのが目的だから、苦しくて当然。
生理を遅らせるためには手段など選ばない。
自分のメンタルが崩壊し、廃人に近づく足音を聞く。
堕ちていく私は、空虚な感情と引き換えに生理を食い止めている。
これでいい、これこそがリアルだ。
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無事試合を終えた深夜、何かから解放されたかのように大出血した。
ほらね、メンタルコントロールで生理もコントロールできるでしょ。
Illustrated by 希鳳
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