わたしはアメリカに嫌われている。入国審査の際にゲートを閉じて通訳が呼ばれるくらい、なぜか拒まれるのである。
いまから10年以上前、メキシコ赴任となった友人を訪ねるべく、ロサンゼルス空港へ降り立ったわたし。そのときの入国審査官は、ガタイのいい黒人だった。
見るからにわたしのことが嫌いなのだろう。不貞腐れた表情で、わざと聞こえにくい話し方をするため、やむなく何度も聞き直していたところ、ボソッと一言「Suspicious(怪しい)」と呟いたのだ。
わたしは念のため、「サスピシャス?」と聞き返した。すると彼は、こちらを見ることもなくハッキリと「イエス」と答えたのである。
——きっと「Suspicious」には別の意味があるのだ。たとえばLeaveの意味が「出発する」と「残す」というように、視点を変えると真逆の意味になるような捉え方が、Suspiciousにもあるに違いない。
そういう願望を込めて、「サスピシャス」の意味を調べようとスマホを取り出したところ、怒鳴りつけるように「電話をしまえ!」と命令された。その瞬間、今よりも血の気の多かったわたしの、堪忍袋の緒が切れた。
「人を見た目で『怪しい』とは、失礼じゃないか!これ以上アンタと話はしたくない。怪しいと思うなら通訳を呼んでくれ!」
そう言い放ったわたしは、大男に背中を向けてその場に仁王立ちした。大男も鼻息荒く一歩も退く様子はないため、すぐさまどこかに連絡をすると、間もなく一人の女性が走り寄って来た。そして一言、
「ニーハオ!」
・・・・・。
これにはさすがのわたしも、「終わった」と崩れ落ちそうになった。日本人だと分かっているのに、なぜ中国人の通訳が飛んできたのか。
こうして、アメリカ・中国・日本の三か国の代表が揃い、結局は、英語で口論を続けるのであった。ただ、唯一の救いとなったのは、その中国人通訳がわたしの味方をしてくれたことだった。
「日本人は、せかせかと働くのが好きな民族でしょ。たった二日しかメキシコにいない旅程だって、十分考えられるわよ」
わざわざメキシコへ行くのに、たった二日しか滞在しないのは「怪しい」と、大男は言うのだ。そんなの余計なお世話だが、そもそもわたしを怪しんでいるため、難癖付けられているのだから仕方がない。
こうして、乗り継ぎに間に合わなかったわたしは、再びキレて暴れたのであった。
そんな過去もあるため、アメリカへの入国は毎回ナーバスになる。そして今回、ビーチサンダルを脱いで裸足になったところ、
「この、足の親指に巻いてあるテーピングが怪しい。ここに薬物を隠しているかもしれない」
と言われたのだ。もはや呆れてなにも言えなかった。あぁそうですか、検査したいなら勝手にやってくれ。
検査官はわたしに、
「テーピングの上からぎゅっぎゅと指で触りなさい。その指から薬物反応を検査するから」
と説明した。それを聞いてイラついたわたしは、
「は?検査したいなら自分で触ればいいじゃん。ほら!」
といって右足を突き出した。すると彼女は一変し、
「アンタが自分で自分の足を触るのよ!なんでアタシがアンタの足を触らなきゃならないのよ!」
と、顔を紅潮させて憤慨した。
わたしは内心「知らねーよ」と思いながらも、あと5分で搭乗終了時刻となることを考えると「ここは大人しく従っておくべきだ」と判断し、バカバカしいと思いながらも己の親指を何度か触り、特殊な液体を指先に塗布すると検査機器に通した。
そのとき、独り言のように
「これで飛行機に遅れたら、責任とってもらいたいわ」
と呟いたのだが、それを漏れなく彼女は拾ってくれた。そして、
「アンタが乗り遅れてアンタの荷物がどこかへ行こうが、アタシにはなーんにも関係ないわ!」
と、非常に嬉しそうに全身全霊で喜びを表していた。失礼にもほどがある。こんな態度が公然と許されるあたり、さすがはアメリカである。
「・・Okay」
案の定、機械は「薬物反応なし」を示した。そりゃそーーだろ!と叫びたかったが、先を急ぐためそこは無視して搭乗ゲートへと向かうわたし。
そのときの、彼女の悔しそうな顔ったらありゃしない。・・そうだろうそうだろう、わたしのこの剥がれたツメから覚せい剤でも出てきたら、それこそ大事件だしアンタのお手柄だったろうに、あぁ残念でした!
——まったく、入国早々気分が悪いのである。
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