令和のピアノ教室

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わたしが子どもの頃、ピアノ教室といえば先生の自宅にグランドピアノが2台並べられ、そこでレッスンを受けるのが当たり前だった。

まぁ今でも同じようにレッスンを受けているわたしだが、最近では、先生の自宅に通わないレッスンが人気だということを知った。

とはいえ、ヤマハ音楽教室のように企業でレッスンを提供している場合は別だ。そこは講師の自宅ではないし、塾へ通うかのようにビルの一室でレッスンを受けることになるのだが、それともまた違う方法でピアノを習うことができるのだ。

 

それは、ピアノの先生と生徒がピアノスタジオで落ち合って、レッスンを実施する方法である。

 

 

代々木駅から数分のところに、マイレッスンというピアノスタジオがある。ここは、マンションの一室がピアノスタジオとなっており、グランドピアノが2台とアップライトピアノが4台、そして電子ピアノが1台置かれている。

一部屋のサイズは2畳から3.5畳と広くはないが、すべて防音室でエアコン完備。さらに、メトロノームや譜面台、CDコンポも備え付けられており、おまけにWi-Fiも無料で利用できるという充実っぷりなのだ。

 

そして何よりも画期的なのは、このスタジオが無人で運営されていることだろう。ウェブで予約すると同時に電子決済で支払いを済ませると、あとは予約時刻にスタジオを訪れるだけなのだ。

利用者がスタジオへ入ると、目の前にある電子パネルに予約者の名前とブース番号が示されており、開始時刻まで待合スペースで待機する。そして現在利用中の客は、終了5分前までに退室するルールとなっており、室内に設置された「電球」が数分前から色を変え点滅をし、終了時刻を知らせてくれる仕組みとなっている。

「無人ならば、次の予約が入ってなければちょっとくらい延長してもバレないのでは?」

チッチッチ。各部屋にしっかりと防犯カメラが設置されており、終了5分前までに退出しなければ黒煙が噴霧されるのだ。・・・嘘である。

しかし、防犯カメラは設置されているため、遠隔監視されているのは間違いない。人間が逐一チェックしているかどうかは分からないが、場合によってはAIが利用者の判別をしているのかもしれない。

 

・・というわけで、開始5分前にスタジオに着いたわたしは、待合スペースでおとなしく座っていた。するとどこからともなく、ものすごいビブラートを利かせたソプラノ歌手の歌声が響いてきた。

(こりゃ防音の意味、ほぼないな・・)

とてつもない高音で、ロングヘアにチリチリのソバージュをかけたかのようなビブラートを鳴らせて、その女性はイタリア歌曲を滔々と歌い上げている。ピアノの音よりも、人間の声量のほうがデカいって——。

 

よくよく考えると、ここは「楽器練習」も可能なスタジオである。つまり、バイオリンやサックス、トランペットなど、打楽器を除く様々な楽器の使用が可能なのだ。

とはいえ、さすがにブースが狭いのと、すべての部屋にピアノが置かれているため、利用人数はほとんどの部屋で2~3名が限度。よって、ピアノの先生と生徒+保護者という組み合わせが理想だが、中にはソプラノとピアノ、フルートとピアノといったデュオ(二重奏)の組み合わせもあるわけだ。

 

そもそも、なぜここでピアノのレッスンが行われていると分かったのかというと、子供用の補助ペダルや補助台(足がぶらぶらしないように置く踏み台)、さらに、どの部屋にも補助いすが常備されていたからだ。

加えて、わたしが使用したピアノ椅子の高さは、一番下まで下げてあった。つまり、わたしの前に利用していたのは小さな子供だったと想像できる。そんな児童が、単なる練習のためにわざわざグランドピアノのスタジオを借りるというのは、やや考えづらい。

となると、やはりピアノのレッスンでこのスタジオを利用したのだろう。この予想を補うかのように、わたしと同じ時刻に予約をしていた男性が、先生と思しき女性に挨拶をしながらブース内へ入って行くのを見かけた。

 

(これなら、わざわざ自宅を改修しなくてもいいし、グランドピアノを購入しなくても教室が開けるな)

 

そういえば、エステティシャンの資格を持っている友人が、新宿にあるレンタルエステで施術していたことを思い出す。

エステもピアノも、利用者がいなければ家賃だけが無駄に流れていくわけで、それを考えるとなかなか手が出ないのが現実。そこへきて、このような専門特化型のレンタルスペースを利用すれば、固定費を払わずに開業できるというわけだ。

 

つまり、過去に音大を卒業しているが、現在は音楽とまったく関係のない仕事に就いている人たちも、副業がてらピアノ教室を開くことが可能となる。

あなたが身につけているそのテクニック、一体いくらかかって手に入れたのかを思い出してもらいたい。それらの一部を回収するべく、副業でピアノの先生を始めるのはどうだろうか。

 

Illustrated by 希鳳

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