タクシー怒雷罵

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朝、遅刻しそうになりタクシーへ飛び乗った。

正確には、遅刻しそうでタクシーに飛び乗ったのだが、結果的に遅刻した。

 

 

今朝のタクシーは、運転手と助手席にそれぞれ男性が乗車していた。

男性、しかもいい年のオジサン2人が並んで座っている姿は、なんというか異様だ。

 

しかし後部座席に乗車すると、すぐにその理由がわかった。

助手席のオジサンの右腕には「指導員」という腕章が付いていたからだ。

 

(新人研修ってことか)

 

運転手の男性は50歳くらいで、白髪混じりのごく普通のオジサンだった。

付け加えると、どう見ても指導員のほうが若かった。

 

「ご、ご乗車ありがとうございます。××交通の、や、山本(仮名)と申します」

 

かなり緊張している様子の山本氏。ここは乗客であるわたしが、場を和ませてあげなければーー。

ニコニコしながら行き先を告げようとした瞬間、

 

「まずはドアを閉める!」

 

助手席から厳しい指導が入った。たしかにドアを開けっぱなしで挨拶をし、閉める様子もないため怒られたのだろう。

 

「は、は、はい!!!」

 

山本氏は完全にテンパっている。まずいぞ。

 

「溜池の交差点の手前を、左へ曲がってください」

 

ゆっくり、ハッキリ、わかりやすく伝える。山本氏は復唱し、タクシーは動き出した。

 

ーーしかし港区とタクシーとの相性は抜群だ。

先日、杉並区の環八沿いでタクシーを拾おうとしたところ、待てど暮らせど一台も通らず、友人との約束の時間を過ぎてもまだ立っているという最悪の状況を味わった。

 

アプリを使ってタクシーを呼ぶも、なぜか自動キャンセルになり、30分以上タクシーを待ち続けるハメに。

焦るわたしはスマホをガン見しながらタクシーを待つが、照りつける太陽でスマホが熱を持ち、文字入力できなくなる。

そのうちアプリも動かなくなり、スマホはどんどん熱くなり、とうとうどの機能も使えなくなった。

ほぼパニックのわたしは慌てて日陰に移動し、スマホをパタパタ扇いで冷やした。

 

結局、約束の時間にも間に合わず、なんのために慌ててタクシーアプリをインストールしたのか分からない結果となった。

 

あの悪夢に比べると、港区はタクシーが豊富で本当に安心する。数分も待てば空車のタクシーと出会える奇跡は、港区ならではなのか。

 

そんな感慨にふけっていたところ、新人ドライバーの山本氏が突然、何か言葉を発した。

運転中なので正面を向いている山本氏、さらにマスクとアクリル板で遮られている車内で、なんと言ったのか聞き取ることができなかった。

 

「えっと、ごめん。なんですか?」

 

つとめて優しく、穏やかに聞き返す。すると山本氏は急ブレーキを踏んで路肩に停車すると、慌てて振り返りこう言った。

 

「しゃ、車内の温度は、大丈夫でしょうか?!」

 

まさか、この質問のために急停車するとは。

とりあえず「大丈夫ですよ」と返そうとした瞬間、案の定、助手席から怒号が飛ぶ。

 

「そんなことでわざわざ止めなくていいから!!」

 

ーーあぁ、絶対こうなると思った。山本氏の言葉を聞き取れなかったわたしのせいだ。せめて聞き返さなければよかった。どうせ、運転手との会話など大した内容ではないのだから、「えぇ」とか「うふふ」とか、相づちかどうかもわからないような、適当な生返事をしておけばよかった。

山本氏に申し訳ないことをしたと、心の中で詫びる。

 

それにしても、車内にいる全員が緊張するという奇妙な空間だ。なぜ利用客であるわたしまで、背筋を伸ばしてドキドキしなければならないのか。

だがあと少しで目的地に着く。山本氏の無事を祈るように、その横顔を見守る。

 

「あの電柱の左、ビルの入り口で降ります」

「しょ、承知しました!」

 

電柱を過ぎ、ビルの入り口を過ぎても停まらないタクシー。やばい、やばいぞ・・・。

 

「停めて!!!」

 

キターー!!!来る来ると思っていたところ、助手席からまたもや怒号が飛んだ。

急ブレーキで車を止める山本氏。そして謝罪の言葉を述べようと振り返った瞬間、またもや指導員の怒髪冠を衝いてしまった。

 

「まず先にメーター止める!!!」

 

(おぉ、たしかにメーターを先に止めてもらえると、こちらは助かるが・・・)

 

もはや、やることなすことすべてがミスにつながる山本氏。わたしはせめてものエールとなるよう、降り際に笑顔で優しくメッセージを送った。

 

「これからも頑張ってくださいね」

 

これこそがタクシー利用客からの最大の置き土産だろう。この言葉を聞いた指導員も、恥ずかしそうに頭を下げる。すると山本氏、

 

「お、お忘れものはございませんか?」

 

わたしのエールなど無視で、お決まりのセリフを叫んだ。案の定、助手席から怒りの声が飛んだ。

 

がんばれ、山本氏。

 

 

サムネイル by 希鳳

 

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