キュウリと霜柱

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冷蔵庫の中でしなびてしまった緑色のキュウリを、真っ白な霜が覆っている。

――そうか、製氷室の真下に寝かせたせいで、表面に付着していた水分が凍ってしまったのか。

わが家には冷蔵庫は存在しない。正確には、ホテルの部屋についているワンドアの四角い冷蔵庫、いわゆるミニバーがあるだけだ。料理もしないわたしにとって、冷蔵庫の必要性は乏しい。むしろ、冷凍庫さえあればどうにかなると考え、業務用の大型冷凍庫を購入したのである。

そもそも、食べ物を買ってくればその日のうちに食べきることがほとんどなわけで、冷蔵庫に保管することなど滅多にない。今だって、ドアを開けたところで中身は空っぽ。ドリンクホルダーに、マヨネーズがポツンと立っているばかりだ。

 

先日、わたしは野菜を大量に購入した。月に何回か、全国から選りすぐり青果物を集めて販売する「軒下マルシェ」が開催される。それがたまたま近所のため、ここぞとばかりに果物や野菜を買い占めるのだ。

青果物の利点は、そのまま食べられる(場合が多い)こと。火を通さなければ食べられない面倒な食べ物に比べると、野菜や果物はとても優れた食糧品といえる。

そしてわたしは、新鮮なニンジンにキュウリ、イチゴやサツマイモをかごへと放り込んだ。

 

「サツマイモは火を通すじゃないか!」

確かにその通りだ。しかし我が家には「焼き芋メーカー」という素晴らしい調理器具がある。つまり、料理は苦手だが焼き芋は得意なのだ。

買ってきたサツマイモを、そのまま焼き芋メーカーの溝へセットし、45分も待てばねっとりホクホクの最高級の焼き芋が出来上がるのである。

 

こうして、山盛りの青果物を自宅へ運び込むと、マヨネーズをつけたりつけなかったりしながら、もしゃもしゃと軽快に咀嚼を続けた。

中でも今回はキュウリが美味い。サイズがえらく小さいが、キュウリ特有の青臭さはなく、代わりにジューシーで食べやすい。そして中指ほどの細くて小さなキュウリは、ある種スナック感覚で食べられるため、手が止まらない。

とはいえこれだけ大量にあると、一日で食べきるのはつらい。

 

野菜や果物はそのほとんどが水分でできている。だからこそ大食いには向いていない。経験者も多いだろうが、野菜サラダは早い時点で満腹になるため大量摂取が難しい。よって、蒸し野菜にしたり野菜炒めにしたりと、火を加えて水分を飛ばすことで量を確保するのである。

ところがわたしは火が怖い。よって、ガスコンロというのは我が家においては装飾品でしかない。さらに電子レンジも、ドアを開けて野菜を入れてボタンを押すという行為が面倒くさい。つまり、生でかじりつくしか選択肢がないのである。

(・・しかたない。冷蔵庫にしまっておくか)

 

こうして、大量のキュウリはミニバーで冷蔵保存された。小腹が空いたらマヨネーズを垂らし、ポリポリかじりながら5日が過ぎた。

(さすがにしなびてきたな)

あと10本ほどでキュウリは終わる。今回ですべて食べ尽くしてしまおう――。そう決めたわたしは、袋に手を突っ込んでキュウリをかき集めた。だが、引っ張り出してみて気付いたことがある。

(・・霜がくっついている)

ミニバーの最上部は製氷エリアである。そのすぐ下に突っ込んでいたキュウリの袋は、あまりの冷たさに霜を発生させてしまったのだ。

過去に、凍ったトマトを食べたことがあるが、凍ったキュウリは初めてである。これといって大きな感動もないことは分かっていたが、食べられるものを捨てるわけにもいかないので、とりあえずキュウリを霜ごと口へと放り込んだ。

 

(・・・つ、冷たくない。っていうかこれ、霜ではない)

 

そう。わたしが霜だと思っていた白くて透明な何かは、カビだった。まるで霜柱のようにびっしりとこびりついたソレは、水分を含んでキラキラと輝きを放つソレは、正真正銘の白カビだった。

その事実を受け入れられないわたしは、どうにかしてソレが霜柱であることを捏造しようと、必死に咀嚼を繰り返した。氷をかみ砕く感触があるはずだ、シャクッシャクと歯ごたえのある、霜柱特有の感触があるはずだ――。

こうしてわたしの口の中には、ドロドロの液体と化したキュウリと、存在感を失った白カビが残ったのである。

 

サムネイル by 鳳希(おおとりのぞみ)

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