薄汚れたブラインドに起きた奇跡

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帰宅途中、コンビニでかんたんマイペットとガラスマジックリン、そしてコロコロの替えを購入した。なぜなら突如、後輩が我が家に泊まることになったからだ。

「なにも気遣わなくていいですからね」

そう言われて気遣わないバカはいない。せめて最低限のこと、つまり、清掃くらいはしておかなければ、その後の信頼関係にひびが入りかねない。

 

水回りは普段から清潔を保持しているわたしだが、壁や床そして窓ガラスなどは、見て見ぬふりを貫いてきた。ましてや我が家に他人が侵入することなど皆無のため、わたしが気にならなければなんの支障もないわけだ。

だが、他人が侵入するとなるとそうも言っていられない。わたしにとってはどうでもいい汚れが、他人の目には重大な不潔となる恐れがある。つまり、この部屋で目に留まる部分についてはすべて、ピカピカに磨かなければならないということだ。

 

このような経緯で、わたしは日頃から使うことのない「住居用洗剤」を購入したのである。そしていま、フローリングに吹き付けてペーパータオルで拭き取っているところだ。

(思ったほど光らないな・・)

誇張広告のせいか、まるで鏡のようにピカピカ輝くものだと期待していたが、拭く前とさほど変化は感じられない。まぁこんなもんだろう——。

 

フローリングなど目立つところだけやっておけばいい。あとは後輩をチョロチョロさせないようにして、掃除が行き届いていないところを見られないようにすればやり過ごせる。

さてと、他に目につく汚れはどこかな——。

 

わが家はあまり汚れていない。しかし、ホコリがすごい。ホコリを集めると、それだけで立派な毛糸の塊ができるほど、大量のホコリが存在するのだ。

とはいえ、吹いたら宙に舞うほどの軽さではなく、ホコリというよりフェルト生地のようなズッシリとした重みがあるため、ホコリの塊を使ってさらに別のホコリと合体させて、手のひらサイズのホコリの雑巾を作ることができる。

まぁ、どうでもいいのだが・・。

 

(そうだ、ガラスマジックリンも使わないと)

ある程度フローリングを拭いたところで、次は窓ガラスを磨きあげることにした。なんせ我が家は、コンクリートとガラスで囲まれている。磨くガラスは山ほどあるのだ。

 

そして颯爽とブラインドを上げた時、わたしは思わず息をのんだ。

(ぷ、プチプチを貼り尽くしたんだ・・・)

冬の寒さから逃れるべく、ベランダ側のガラスすべてにプチプチこと気泡緩衝材を貼り付けたのだ。そもそもブラインドを上げることがないため、我が家の窓がどうなっているのかなど知る由もなかった。

つまり我が家で、ガラスマジックリンを使う場所など存在しないのだ——。

 

後悔のあまりに思わずうつむいた瞬間、一番下のブラインドの羽にホコリが溜まっていることに気が付いた。

(窓が拭けない分、せめて一番下くらい綺麗にしておいてやろう)

一番下の羽は床に触れるほ低い位置にあるため、白いブラインドが薄黒く変色していた。普段、このような場所を見ることもないので、まさかこんなにも汚いとは驚きである。だが引っ越してから一度も吹き掃除をしていないのだから、汚れていて当然。

 

さっそく、ガラスマジックリンをペーパータオルに吹き付けると、そのまま羽の一枚を拭いてみた。スッとなめらかに滑らせて、あっという間に真っ白なブラインドが顔を出す・・・と思っていたのだが、甘かった。

長年蓄積された砂状のホコリは、目視できないが何層にも積み重なっている。そのため、拭いても拭いてもまた新しい汚れが現れる。さらに、汚れを拭い去るのではなく塗りつけるかのように、拭く前よりも明らかに汚れが広がっているではないか。

 

——わたしは焦った。それは、現実を知ってしまったがゆえの焦りだ。たった一枚のブラインドすら白色に戻せないというのに、何百枚もあるブラインドをすべて綺麗にするなど、何日かかるかわからない。

とりあえずは後輩の目につく場所、つまり膝下あたりまでの高さのブラインドを綺麗にできれば、今回はなんとか凌げるはず。

とはいえ、こんな夜中にブラインドを拭き始めて、いったい何時に終わるというのだ。今日一日ではとても無理である。・・やむを得ない、奥の手を発動させよう。

 

現実から目をそらす行為は、あまり好きではない。だが今は、そんな悠長なことを言っている場合ではない。ブラインドの汚れを隠せるのならば、それに乗らない手はないのだ。

わたしは勢いよく立ち上がると、ブラインドの操作棒を握りしめた。

シャッ

そう、ブラインドの角度を逆にしたのだ。こうすれば、今まで下になっていた部分が見えるようになるため、あっという間に綺麗なブラインドに早変わりである。

 

 

役に立たない住居用洗剤をしまうと、わたしはトイレ掃除へと向かった。

 

外からはセミの鳴き声が聞こえる。強く明るい日差しに包まれ、今日一日が始まろうとしているのであった。

 

Illustrated by 希鳳

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