「最年長の方ですか?」

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「最年長の方ですか?」

学生バイトと思われる、若くて可愛らしい女子が笑顔で話しかけてきた。

失礼にもほどがある。初対面かつ見ず知らずの他人から、大声でババァ呼ばわりされる覚えはない。たしかに、このお嬢さんから見たらわたしは立派な中年である。だからといって公衆の面前で年寄り呼ばわりされるとは、それこそ差別でありひどい仕打ちではないか。

とはいえ、ここで粘れば後ろが詰まってしまう。入り口でモタモタする人間を、心底嫌い蔑むわたしだからこそ、己がその立場になることは許せない。致し方ない、わたしが最年長であろうことを、素直に認めるしかない――。

 

「さ、最年長ですかね?」

念のため、質問形式の返事をしてみる。そもそも、どうしてこの女子はわたしが最年長であると、断定することができたのだろうか。

たしかに観客は学生や20代の若者中心のため、その倍ほど生きているわたしは明らかに最年長組である。だからといって、さすがにわたしが最年長となると、選手の親や関係者はどうなるのか。

――もしや、関係者以外の一般客の中で最年長かどうかを尋ねたのだろうか?

わたしが並んでいるのは一般客の入り口である。そして右側には、関係者の入り口がある。選手の親だけでなく、メディア関係者だってわたしより年上はいるだろう。ということは、やはり一般客の中で最年長かどうかを確認しているのか。・・だとしたら、いったいなんのために?

 

「え?」

可愛らしい女子の表情が強張る。なに言ってんの?と、顔に書いてある。なぜだ?なぜわたしが、そのような冷めた目で見られなければならないのだ?

「あ、えっと、初めて入場される方ですか?」

女子は言葉を変えて聞き直した。そうだ、わたしは今日はじめてここへ来た。つまり、一回目の入場であ・・・。

 

(さ、最年長ではなく、再入場かどうかを聞いたのか・・・)

 

事実にたどり着いたわたしは、唖然とした。そして、わたしが事実に気が付いたことに気が付いた女子は、思わず噴き出した。

あぁ、そりゃそうだ。競泳の日本選手権大会を観戦するのに、年齢が関係するはずもない。仮にわたしが最年長だとして、「本日は無料で結構です」とでもなるというのか。否。

 

「再入場の方ですか?」を「最年長の方ですか?」と聞き間違えたわたしだが、なんとか無事に東京アクアティクスセンターへの入場を果たしたのである。

 

 

水泳の大会を現地で観戦するのは初めてのこと。そもそも水泳に興味がないというか、どの泳ぎ方でも予想以上に前へ進まないわたしは、一年のうちに一回たりとも泳ぐことはない。

水泳嫌いのもう一つの理由として、コンタクトレンズを外せないことが挙げられる。もしも泳いでいる最中にコンタクトが外れたら、それこそ地獄。なにも見えなくなるということは、更衣室まで戻ることすらできないからだ。

そんな恐ろしいことを想像するたびに、プールで泳ぐ行為の危険性に震えるのであった。

 

ということで、生まれて初めて競泳の大会を生で見ることとなったが、やはり観客のほとんどは若かった。それもそのはず、大学や企業などチームで応援に来ているため、日本選手権に出場できなかった選手を含む若者たちで、会場内が埋め尽くされているからだ。

選手の親と思しき人たちもたくさんいるが、どれも皆若い。水泳の大会というのは、あからさまに年齢層が低いということを知ったのである。

 

どんな競技でも、日本選手権といえば若者中心となるのが一般的。だがわたしが経験した日本選手権は、なぜか年寄りが多かった。競技人口の多寡にもよるだろうが、殊にクレー射撃の日本選手権の平均年齢は、かなり高いと思われる。

そもそも、散弾銃を所持するにあたり年齢制限がある。散弾銃は20歳から、空気銃は18歳からとなっている。しかしいずれも例外があり、日本(または都道府県)体育協会の推薦があれば、規定年齢未満でも年少者射撃資格により銃を所持できるのだ。

とはいえ、日本におけるクレー射撃人口のほとんどは、いわゆるオジサンオバサンによって支えられている…といっても過言ではない。法律的にも若者が所持できないのだから、やむを得ない現実ではあるが。

 

年齢も年齢のため血圧を下げる薬を飲んでいたり、耳が遠くなったため大声で会話をしていたりと、ある意味「強者揃い」のクレー射撃日本選手権。

それに比べてなんだ、この爽やかでみずみずしい大会は。水泳だからみずみずしいに決まっているが、それにしても若さ溢れる会場内の雰囲気は、ここにいるだけで自分まで若返った気になる。

さらに、鍛え抜かれた美しい肉体をライトアップするかのように、光り輝く水面とキラキラ飛び散る水しぶき。あぁ、若いって素晴らしい――。

 

・・・こうして、最年長グループに足を突っ込んでいるわたしは、初めての水泳競技大会をウキウキしながら満喫したのである。

 

Illustrated by 希鳳

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