私は隠し事ができないタイプだ。正確には、隠す必要のない事を隠しておくのが苦手なタイプとでもいおうか。
本当に隠さなければならない事というのは、隠し事ではなく真実に近いニュアンスであり、隠すか隠さないかを迷うレベルの問題ではない。つまり隠さなければならない事は、隠し通す以外に選択肢はないのだ。
そして、どうしても隠し切れないことの筆頭に「美味い食べ物」が挙げられる。これは私に限らず誰でもそうなのではなかろうか?美味いものを食べたら、ついつい誰かに自慢したくなる、教えたくなる、もう一度食べに行きたくなる衝動に駆られるわけで、それをグッと堪えることはできない。
だが今回ばかりは、自慢げに話す割には詳細を明かさないという、残酷な回であることを容赦願いたい。
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その上で今日、我が人生最高レベルのポークカツレツと出会った。巷では「油にうるさいURABE」として有名な私。そのため、滅多に揚げ物など口にしない。だがなんとなく「ここならば大丈夫」と判断し、友人推奨のポークカツレツを注文。
その結果、最高に美味いポークカツレツを引き当てたのだ。
その店はオープンキッチンのため、調理場の様子が丸見え。よって、メニューを見ながら何気なく視界に入る調理器具やシェフの身なり、そしてキッチンの清潔さなどがチェックできる。それらの情報を総合したところ、
「この店の揚げ物なら、食べられる」
と判断したわけだ。奇遇にもその一時間前、コンビニでアイスを買おうとしたところ、レジ横の唐揚げを見ながら友人がこう尋ねてきた。
「そういえば、揚げ物って食べないの?」
「あぁ、食べないね」
その時は説明をするのが面倒だったので、それしか言葉を発しなかった。だが正確には、飲食店の油は酸化している場合があるので避けているのだ。
毎回交換しろとは言わないが、やはり何度も高温で痛めつけられた油はくたびれている。そして料理として目の前に出された時点で、油の異臭がしたところですでに遅いわけで、であれば最初から注文しないほうがいい。
このようなポリシーから、トンカツだの天ぷらだの、油で揚げた料理を頼む機会はほとんど訪れなかった。
そんな「油にうるさいURABE」として一目置かれている私が、ものすごく久しぶりにポークカツレツを注文したのだ。
まず目の前に現れた時点で勝負はついた。衣の薄さときめ細かさ、そして控え目な褐色からして、油は新鮮だしシェフは凄腕だ。
豚肉は適度な大きさに切りそろえられ、うっすらピンク色の断面が見える。その端には、透き通る美しさの脂身がくっ付いている。さらにトマトやオリーブ、玉ネギ、バルサミコ酢などをあえて作られた特製ソースが、崩れ落ちるほどのてんこ盛りで乗っかっている。
それら宝の山の横には、レモンと見間違うほどの鮮やかな黄色が眩しい、ズッキーニが添えられていた。
(こ、これは期待できる)
全員の料理が揃っていないにもかかわらず、私は我先にフォークとナイフを掴んだ。そして見るからに柔らかそうな豚肉へサクッとナイフを入れると、半分になったカツレツを一気に口へと差し込んだ。
(う、うまい!!)
やはり明らかに油が新鮮だ。そして衣の繊細な歯ごたえと肉の緻密な噛み応えは、最高級の称号を与えるべきレベルにある。当然、バルサミコ酢とトマトの相性も抜群である。
ほとんど言葉を発することなくポークカツレツを完食した私は、皿に残ったソースの残骸まできれいにすくいとって飲み干した。
――これはマジで美味い。
どうやらこのシェフ、某一流ホテルで腕を振るった過去があるとのこと。だからなのかは分からないが、とにかくすべての料理に品があった。
前菜の「カブのスープ」も、クセのないまろやかな舌触りとほっこりとしたカブの香りが、素朴で柔らかな味わいを楽しませてくれた。「サラダ」も、食べやすい大きさにカットされたフリルレタスやベビーリーフに、オリーブオイルとバルサミコ酢のドレッシングというシンプルなものだったが、そのサラダを楽しみにやってくる客がいるほど、後を引く美味さ。
そして食後のコーヒーを飲みながら、何よりも驚いたことがある。それは、これだけの立派なコースを満喫したにもかかわらず、たったの千二百円ということだ。
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最後に、なぜこの店の詳細を明かさないのかを教えよう。それは、これ以上混んでほしくないからだ。
席数の少ない店内は、予約なしでは入れないほどの大人気。もちろん、本日も満席だった。私が行きたいときに予約がとれないという事態を避けるべく、店名を伏せるのである。
ただ一つ、北区へ引っ越す要素として、この店の味は十分であると断言できる。
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