山奥から出てきた友人が、キラキラしながらこう叫んだ。
「おぉ!鉄と鉄が擦れる音がする」
四ツ谷から新宿へ向かう地下鉄・丸ノ内線の車内で突然、友人はそう叫んだ。鉄と鉄が擦れる音ーーいわれてみれば確かに、キィキィと耳をつんざくような鋭い音がする。しかもコロナ対策で車窓の上半分を開けているため、なおさらダイレクトに不快な轟音がなだれ込んでくる。
しかしわたしは、この耳をふさぎたくなるような金属の摩擦音について、これまで気に留めたことはなかった。むしろ今までの人生で、この騒音を問題視したことなど一度もない。電車が走ればこのくらいの音がするのだろう、くらいにしか思わず、それが当たり前だと思っていたからだ。
だが地下鉄の走らない山奥で暮らす友人にとって、会話も聞こえないほどの金属音はよほど珍しかったのだろうか。
「鉄同士の乾いた摩擦音なんて、めったに聞けないからすごいよ!」
鉄鋼業に携わる職人でもあるまいし、わたしには到底思いつかないような発言が友人の口から飛び出す。ーー鉄の乾いた摩擦音?
「車やエアコンのモーターにはベアリングが付いてて、鉄の摩耗を防ぐでしょ?でも電車の車輪、とくにフランジとレールとが接する部分は、鉄と鉄がダイレクトにこすれあうんだよね」
「フランジ」とは車輪の内側についた出っ張りで、電車がカーブを曲がる際にフランジがレールに引っかかることで、脱線せずに曲がりきることができる。そのフランジとレールがこすれあう音こそが、あの甲高い金属音の正体なのだ。
たしかに言われてみると、四ツ谷から新宿へ向かう途中には大きなカーブがあり、そこを通過する際にキィキィ大騒ぎしている。
もし誰かに「この金属音の正体は何か」と問われれば、わたしなら「ブレーキ音?」と答えるのが精一杯。だが友人は、その音源が「フランジとレールとの摩擦音」であることを探り当てたわけだ。鉄道技術者でも鉄職人でもないのにーー。
「いやぁ、ほんと珍しいよ。こんな大音量で鉄と鉄がこすれ合うのを聞くなんて!」
相変わらず大はしゃぎの友人。その時わたしは、ふと「鉄砲」を思い出した。一般的に散弾銃所持者は少ないため、そういわれてもピンとこないかもしれないが、「鉄と鉄が擦れる現象」を身近に感じるものといえばこれしかない。
散弾銃には「エジェクター」という装置がついている。エジェクターは、金属のツマミを前後にスライドさせることで弾の排出を行うため、その都度、鉄と鉄がこすれ合う。さらに銃身と機関部とをつなぐ「接合部分」は、銃を開閉するたびに強くこすれ合うため、定期的に油をささなければならない。そうしないと「痛々しい擦り傷の跡」が残ってしまうからだ。
だが実際のところ、電車の車輪とレールにもちゃんと油は与えられているようだ。「鉄道用潤滑剤」と呼ばれる車両・レール専用の潤滑剤が存在し、それを自動給脂装置などで噴霧することで、鉄の摩耗や騒音の軽減に役立っているとのこと。
とはいえ40トン近くある車両がそれなりのスピードでカーブを曲がれば、どんなに潤滑剤を撒こうが激しい摩擦音が生じるのは想像に難くない。そして全身全霊でその圧力に耐えているフランジとレールには、心から感謝しなければならない。
もしもフランジの出っ張りが少なかったら、もしもレールが遠心力に耐えられなかったら、この電車はカーブを曲がり切れずに脱線し大事故をもたらすだろう。それを防止するためにも全力でぶつかり合い、摩擦し合うことで電車のバランスを保つフランジとレール。
ーーけたたましく鳴り響く耳障りな金属音こそ、働く電車のテーマソングといえるのだ。
*
というわけで、日常的に「金属が擦れる音」を聞いた場合には、KURE5-56を吹き付けるようにしよう。
ドアの蝶番(ちょうつがい)や自転車のチェーン、ゴルフクラブ(ウェッジ)のサビなどに5-56をシュッとひと吹き。するとたちまちサビはピカピカ、きしみ音は消え、金属本来のスムーズな動きを取り戻すだろう。
サムネイル by 希鳳
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