久しぶりに某労働基準監督署から呼び出されたわたしは、館内の案内表示に目をくれることなく、まるで自宅へ向かうかのように颯爽と指定場所へと辿り着いた——カ、カッコイイ。
・・いやいや、社労士としてなにか表彰されるわけでも、茶菓子付きでもてなしを受けるわけでもないどころか、むしろ「褒められないため」に呼び出されたのだから、久々の労基署に興奮している場合ではない。
そんなわけで、顧問先の社長とともに神妙な面持ちで監督官の元を訪ねたのである。
*
属人主義というわけではないが、この世の物事はそのほとんどが「ヒト」によって左右されるといっても過言ではない。それゆえに、同じ案件であっても担当者によって進捗や結果が変わるうえに、コミュニケーション次第で信頼関係を築くことも恨みあうこともできる。
殊に役所の人間というのは属地主義の傾向(?)にあるため、相手のことを思って・・というより、自身の担当業務をいかにミスなく済ませるか・・が重要となる。そのため、会話が通じる人間味のある担当者に当たるかどうかは、完全に運まかせ。
そんなわたしは、「本日の運」を見事に使い”アタリ”を引き当てたのである。
初々しさは残るも、所作の貫禄から推測するにキャリア5年目と思しき担当官は、聞き上手なうえにまとめ上手な若者だった。その仕事ぶりからすると、10年選手といわれても納得のいく対応だったが、何よりもわたしが気に入ったのは、余計なことを口にしない「察する力」だった。
一介の社労士であるわたしなんかよりも、労働法や関連通達に関する知識や解釈は圧倒的に上であろう監督官が、素人が手計算で算出した賃金計算の一部について、うっかり見落とすはずはない。ところが、元労働者からの申し立てに関する当該部分について、「ちょっと違っているな」と思いつつも、そこについての明言を避けたのだ。
無論、労使双方の事情を聴取したり証拠となる資料を収集したり、すべてが出揃った時点で改めて電卓を入れる可能性はあるが、今回の申し立ての争点が「そこではない」と察した担当官は、双方の落としどころとして妥当な着地点を暗に示しているようにも思えた。
そんな「なんとなく」に気づいた自称・ニンゲン・コンサルタントのわたしは、この直感的な洞察力の真偽を確かめるべく、担当官に対してちょっとだけかまをかけてみた。・・仕事上の内容なので詳細を語ることはできないが、簡単にいうと「本来ならば2パターンに分けるべきところを、1パターンのみで計算しているんじゃないか?」と読んだわたしは、Excelを使って自動計算を入れたシートの”列数”について、さりげなく尋ねてみたのだ。
すると担当官は、一瞬ためらった後に「そうなんですよね、一列だけなんですよね・・」と、含み笑いを浮かべながら軽く答えた。
(間違いない・・これは確実に気づいている!)
わたしの質問の意図に気づいたであろう担当官は、唇をギュッと結んで口角が上がりそうになるのを必死に堪えていた。そして互いに目が合うと、どちらともなく小さく頷きあうのであった。
(あぁ、社労士やっててよかったな)
*
わたしのようなしがない社労士が「やりがいを感じる瞬間」といえば、所詮はこの程度。
法律に則ってそれ以上でも以下でもなく、かといって無機質な対応になり過ぎないよう粛々と作業を続ける毎日に、ちょっとしたスパイスとでも言おうか。言葉にせずとも意図が伝わるやり取り——という”共振”を得られた喜びは、社労士冥利に尽きるといってもいいだろう。
そんな、若手監督官との見えない絆を構築した(と、勝手に思っている)わたしは、充足感に浸りつつも是正勧告の対処に回るのであった。
(・・明日も仕事、がんばろう)
コメントを残す