およそ8年間、港区役所にて年金相談員の職に就いていたわたしは、かなり久しぶりに古巣である本庁舎を訪れた。ミナト区民とはいえ港区役所へ足を運ぶことなど皆無であり、よっぽどの事情がなければ出没することのない、いわば近くて遠い場所——そんな微妙なランドマークへ向かったのには、とある仕事上の理由があったからだ。
久々の本庁舎は、わたしが働いていた当時から「立派でしっかりとした建物」という印象が強かったが、数年ぶりに足を踏み入れた内部は様々なリフォームが施されており、あの頃よりも新しく明るくなっていた。
(エレベーターの銀色の部分が、鏡よりも鏡っぽく反射してる・・)
われわれ区民が納める税金によってこの美しい庁舎が保たれている・・と思えば、まぁ悪い気はしない。ならば区民の権利として、思う存分居座ってやろう——。
こうしてわたしは国保年金課がある3階へ移動すると、いざ国民年金のブースへ・・と思ったところ、あの頃わたしが座っていた場所に年金係は存在しなかった。
(リフォームついでに、場所も変わってしまったのか・・)
もはや浦島太郎状態のわたしは、ガラの悪い輩さながらの風貌でキョロキョロしていたところ、遠くから手を振る女性の姿を発見した。——よかった、後輩が居た!!
公務員というのは数年に一度の異動が付きもの。それに比べてわれわれ社労士は、それよりも長く業務委託を受けることが多いが、後輩もそろそろお役御免の時期かもしれない。
ちなみに、置き土産として最後に育て上げた自信作が、向こうで手を振っているあの後輩だ。まるで結婚式の二次会に参加するようなふわふわレースのトップスに、下半身のラインが際立つタイトスカート・・という、謎の気合いが入った衣装で待ち受ける後輩。対するわたしは、タンクトップに短パンビーチサンダルという、ボディビルダーさながらの露出度で対抗する。
このように、真逆な二人であるにもかかわらず未だに仲がいいというのは、やはり後輩の嗅覚というか防衛本能が優れているからだろう。要するに「こいつの後ろをついていけば、身の安全は確保できる」と、初対面の時から分かっていたのだ。
何はともあれ、年金相談員である社労士の後輩とイチ区民である社労士の先輩が、相談ブースで年金相談をする・・という、なんともシュールでノスタルジックな時間を過ごしたわたしは、知った顔がほとんど見あたらない国保年金課を去ると、当時の知り合いを求めてそのあたりを徘徊してみた。
すると、あっという間に”知り合い一号”を発見した。異質なオーラを放つわたしと目が合った一号は、顔を紅潮させ目を丸くしながらそそくさと駆け寄ってきた。そこで事情を話したところ、「〇〇もまだいますよ、会いに行きますか?」と、”知り合い二号”の部署へと連れて行ってくれたのだ。
わたしと一号は、二号の仕事の邪魔にならぬよう遠くからニヤニヤと見守っていたところ、「あっ!」と言いながら驚きの表情で席を立つ二号と合流した。
何年振りかの再会にもかかわらず、当時とまるで変わらないやり取りを通じて、年金相談員として彼ら公務員と肩を並べて仕事をしていた頃を思い出す。そもそも、わたしのような異端児が8年も準公務員として職務を全うできたのは、まともな上司や職員のおかげであるのは当然のことだが、その裏では彼らのような純粋で素直な後輩とのコミュニケーションがあったからこそ、性に合わない職場でも乗り切ることができたのだ。
キャリアの関係上、わたしが彼らを助けることのほうが多かったかもしれないが、少なくともわたしが公務員ライフを楽しく過ごせたのは、紛れもなく彼らのおかげだった。そして今も、久しぶりと言いながらも、「昼交代を遅くしてさ、あの中華料理屋へ食べに行こうよ!」などと、ランチの約束までこぎ着けたわけで——。
地方公務員という仕事・・というか立場は、民間人からすると”体たらくの象徴”であるかのように叩かれがちな存在。無論、その通りの者もいるしそうでない者もいる。加えて、公務員という職業が向いているタイプがいるのも事実で、いい悪いは別にして不思議な職業カテゴリーだと、改めて思うのだ。
そういえば当時、区民から”怒りの電話”をもらったことがある。
「港年金事務所につながらない、どうにかしてくれよ!」
という内容だが、そのイライラをぶつけたくなる気持ちは分かるが、ここは港区役所の国民年金係であり、港年金事務所ではない。その違いを分かっていてもなお、誤ったベクトルのクレームをわたしにぶつけるのか——。
そこでわたしは、
「わたしもずっとつながらなくて、困ってるんですよ」
と、区民に対して自分も困っていることを相談してみた。すると、
「はぁ?あんたもつながらないのか?・・いったいどうなってるんだ年金事務所は!」
と、共通の敵(?)ができたことでわれわれは意気投合したのである。
この件に関しては相手の質がよかったため、いい塩梅になだめて電話を切ることに成功したが、中には憂さ晴らしに電話をかけてくる者もいる。
もの凄い勢いで怒鳴り散らしたり、ありとあらゆる罵詈雑言をぶつけてきたりと、思わず「わたしもおたくと同じ人間なんですが・・」と反論したくなるほど、心無い発言を投げつけられるのは日常茶飯事。それでも、職員らは冷静さを保ちつつ低姿勢で電話に応じるわけで、「公務員って、ロボットか何かだと思われているのかもしれないな・・」と、メンタルの強さに脱帽するのであった。
このような、正当なクレームというより文句が言いたいだけの場合、言うまでもなく論理破綻しておりまともな会話が成立しない。そんな乱暴な発言を、当人の友人や同僚にぶつけたりしたら、それこそ社会的に孤立してしまうため、それなりの相手を選んでいちゃもんをつけるしかない——その矛先が、公務員へと向くわけだ。
余談だが、国会議員の友人がこんなことを言っていた。「俺らの仕事は、いつでもどこでも頭を下げて謝ることだから」——と。公の人間というのは、人格まで奪われたかのように攻撃を受けるが、本質的にはわれわれと同じニンゲンである。そんな思いをしてまで、よくぞ続けられるな・・というか、そんな境遇に耐えられるニンゲンだけが、公のヒトとして公務につけるのか——。
*
年齢的にもまだ若い一号と二号の愚痴・・いや、仕事の話を聞きながら、「どうか、その感覚を捨てることなく年を取ってくれよ」と、老婆心ながら願うのであった。
(それよりなにより、あの中華料理店はつぶれたのか。量が多いことだけが取り柄だったのに、ちょっと寂しいな・・)
里香さんとカウンターでお話するなんてなんか不思議でした(笑)
試験前に良い気をもらいました!!
日曜日の試合頑張って下さいね💪💪
あの後、マルちゃんに身分証明書を持参しなかった話をしたら、「じゃあ僕が一緒に行って証明しますよ!」って言ってくれて、若手の成長に心強さを感じた笑