鍋もコンロも存在しない我が家に、老舗の讃岐うどんが届いた

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よくよく考えると、うどんやそば、ラーメンといった「麺類」を自宅で食べた記憶がない。理由は簡単だ、自宅で調理をしないからである。

わが家には炊飯器が存在せず、ガスコンロの上には段ボール箱が積まれているため、加熱による調理は電子レンジ一択となる。そして「茹でる」という作業が必須の麺類(パスタを除く)については、ガスコンロを使わない限りありつくことができない。よって、わが家で麺類を食すには、ウーバーイーツかコンビニのざるそばを購入する以外に方法はないわけだ。

 

そんなわが家にて、わたしはうどんを食べた。しかも本場・香川県の讃岐うどんを、ベストな調理状態で満喫したのである。

 

 

早朝にインターホンが鳴った。モニターを覗くと、ヤマトの兄ちゃんが段ボール箱を抱えて立っている——その箱の中身は、冷凍されたうどんだった。高松市在住の友人が「ぜひ一度、本場の讃岐うどんを食べてもらいたい」というラブコールとともに、うどんを送ってくれたのだ。

とはいえ、茹でることのできないわが家において、この讃岐うどんを口にするのは至難の業。まずは鍋を購入すると同時にシェフを召喚し、調味料や具材もそろえなければならない——考えるだけで面倒じゃないか。

(近所の誰かに作ってもらうか・・)

そんなことを思いながらも、先ずは礼を伝えるべく段ボール箱を開封した。——するとそこには、もうすでに料理として完成したうどんが、プラスチック製のどんぶりに入れられた状態で四つ並んでいた。要するに、レンチンで本場の讃岐うどん(調理済み)にありつける・・ということだ。

(友人を甘く見ていた。まさかここまでわたしを正しく理解していたとは・・)

そんな感動もそこそこに、わたしは「きつねうどん」を取り出すと電子レンジへと放り込んだ。500ワットなのでおよそ12分——。

 

送られてきたうどんは、一日で四千人が行列をつくることで有名な「うどん本陣・山田家」のものだった。五剣山の麓、八栗寺参道沿いにある讃岐本店は、およそ800坪という広大な敷地に建てられた屋敷が店舗となっており、登録有形文化財にも指定されている。

できれば現地参戦したいところだが、なかなか遠い距離にあるため実現が難しい。だがこうして、東京に居ながらにして老舗の讃岐うどんを味わうことができる・・しかも火(コンロ)を使うことなく、それどころか味付けや具材も調理された状態で食すことができるなど、贅沢にもほどがある。

このような「個食形態」で本格的なうどん料理を味わうことができるというのは、現代テクノロジーの賜物であり企業努力の結晶といえる。なんせ、"うどんを茹でる"という行為が不可能なわが家において、老舗の讃岐うどんを熱々の状態ですすることができるなど、誰が予想できただろうか——。

 

そうこうするうちに、ついにきつねうどんが出来上がった。——やばい、ちょっと料理しちゃった気分である。

フィルムを剥がすと、油揚げに染み込んだスープの香りが漂ってきた。そういえば、蕎麦屋を訪れてもうどんを注文することなどほぼないわたしが、よりによってきつねうどんを食べるなど奇跡に近い確率である。それでも、うどんといえばきつねうどん・・と勝手なイメージが出来上がっているほど、やはり初手は"きつねで攻めるべき"だと考えたのである。

(・・・ふんわりジューシーとは、よく言ったもんだ)

油揚げという食材が、こんなにも美味いものだとは知らなかった。正確には、油揚げが美味い・・というわけではなく、染み込んだスープの味がいいのだろう。そして、「しまった」と気づく頃には時すでに遅し。まだ一口もうどんに手を付けていないのに、油揚げは跡形もなく消えてしまった。

 

その後、単なるうどんとスープ・・というシンプルの極み的な素うどんを堪能したわけだが、それにしてもコシのある麺の噛み応えと喉ごしは、「これぞうどん!」に相応しい実力を感じる。製造元である山田家も、

「小麦粉と塩と水だけで作るうどんは、シンプルゆえに温度や湿度など些細な環境の変化で熟成具合いが変わる。だからこそ、職人による足踏み・菊練り・手打ちという手作業を経て、麺との対話を重ねることで同じ味を作り続けている」

と解説しており、「あぁ、これはたしかに普通のうどんとは違うわ」と、妙に納得してしまうわけで——。

 

 

というわけで、朝届いたばかりの讃岐うどんたちは、同じく午前中のうちに消化された。わたしだって急いで食べるつもりはなかったのだが、いかんせん美味かったのだから仕方がない。

昨日はインドカレーを妊婦になるまで食べ尽くし、舌の根の乾かぬうちに今度はうどんを四杯一気食い・・である。まったく、バカは死ななきゃなんとやら・・というが、それでも美味いものへのセンサー感度が良好なのだから、こればかりはどうしようもないだろう。

 

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